なぜ地方自治体のデータ利活用が進まないのか――地方創生におけるEBPMを考える(前編)
なぜ地方自治体のデータ利活用が進まないのか――地方創生におけるEBPMを考える(前編)
近年、政策立案において重要視されるようになった「EBPM」という言葉をご存知だろうか。
Evidence Based Policy Makingの略で、エビデンスに基づく政策立案を意味する。勘や経験、これまでの慣習にもとづいておこなわれてきた政策立案のプロセスを見直し、根拠や証拠にもとづいて政策をつくっていこうという考え方だ。
2018年頃からは、各省庁でデータの活用や、事業効果の検証などが推進されている。このEBPMの考え方を地方創生にも活かしていこうという取り組みのひとつに、地域経済分析システム(RESAS:リーサス)というツールの活用がある。
地方創生においてどのようにEBPMを実現していくのか――。今回は、こうした問いのもと、RESASの活用事例や、自治体におけるデータ活用の課題を紹介する。
※本記事は内閣府からの委託事業の一環で制作しており、無料で公開しています。
「地方創生における情報支援の柱」として登場したRESAS
RESASは、地方におけるヒト・モノ・カネの流れを可視化するシステムだ。2015年4月に「地方創生における情報支援の柱」として経済産業省および内閣官房よりリリースされ、産業構造や人口動態などのデータに誰でも簡単にアクセスできるようになっている。
データにもとづき、地域の強みや弱み、課題を発見し政策立案に活かすことで、減り細る財源を有効活用することが狙いだ。
RESASの普及啓発を担当する内閣官房まち・ひと・しごと創生本部事務局ビッグデータチーム企画官の菊田逸平さんは、その目的についてこう説明する。
「まち・ひと・しごと創生本部としては、RESASを用いて、東京一極集中を是正し、地方を特色あるまちにしていく支援を情報面からやっていきたいと考えています。ただし、データの活用は地方創生に限った話ではありません。すべての政策をデータにもとづいて立案し、検証していくことが大きな目的です」
(菊田逸平さん)
実際に、RESASを起点として、産業政策や観光政策における隣接自治体などとの連携も生まれているという。では、具体的にどのようなデータをもとに、どのような発見が得られるのだろうか。
観光戦略のターゲット地域を選定
RESASをもとに現状分析をして政策立案に活かした事例として、北海道札幌市と、鹿児島県阿久根市のケースを紹介したい。
北海道札幌市では、市の強みである観光産業およびIT産業において、現状の把握や課題の分析のためにRESASを活用している。
観光産業においては、外国人観光客の宿泊者数が大幅に増加していたことから、外国人観光客の誘致・受入対策の検討にあたって、「国籍別・地域別の訪問者数の推移」を分析した。
すると、外国人訪問者の多くを占める東アジア諸国のなかでも、タイからの訪問者数は、閑散期の春期と秋期にピークがあることがわかった。こうしたデータからは、閑散期の集客にあたってのターゲット地域の選定ができる。
(「地域経済分析システム(RESAS)利活用事例集2016:北海道札幌市」資料より/経済産業省 地域経済産業グループ 地域経済産業調査室)
また鹿児島県阿久根市では、観光によるまちづくりを進めるにあたって、データにもとづき現状の課題を分析した。すると、域内で観光客に宿泊や買い物をしてもらうことができておらず、阿久根市は通過型観光地になっていることがわかった。
また、RESASの「地域経済循環マップ」を活用し、阿久根市の産業の現状も分析している。それによって、農林水産業および食料品は稼ぐ力が強く、サービス業などの他業種への影響力も大きいことが明らかになり、「食」を核とした観光事業を推進することが、市の観光事業の発展につながる可能性がみえた。
こうした分析を踏まえて、阿久根市では、「食」のブランド化を中心とした観光コンテンツの充実を優先的に取り組むといった方針が生まれた。
このように、すでに存在するデータを分析することで、現状認識を改めたり、力を入れるべき領域を特定したりすることができる。
なぜデータの利活用が進まないのか
「地方人口ビジョン」や「地方版総合戦略」の策定過程でRESASが活用されている一方で、内閣官房まち・ひと・しごと創生本部事務局ビッグデータチーム参事官補佐の宇野雄哉さんは、こうしたデータ活用による政策立案の成功事例はまだ多くはないと言う。
なぜRESASをはじめ、データを活用した政策立案がなされていないのか。
データ利活用の課題についてヒアリングを行った「地方公共団体のデータ利活用に関する調査」(富士通総研)によれば、「データ利活用の必要性が低いと認識している」「データ分析の機会が不足している」「データの分析方法が適切でない」「データ分析結果の活用ができない」という大きく4つの課題が挙げられている。
ヒアリング結果をより具体的にみていくと、どのようにデータを分析し、政策改善に活かしていけばいいのかわからないという声や、通常業務の負荷が高く、データ分析を実施する余裕がないという意見がある。そのため、資料作成や指標改善自体を目的とした表層的なデータ分析にとどまっている例もあるという。
また、「データ分析結果の活用ができない」要因としては、声の大きな市民や組織団体、議員らの強い要望などにもとづいて政策が形成され、客観的な根拠が重視されていないという実情もある。
本調査にも携わった宇野さんは、「現場には、時間と手間をかけてデータを活用するインセンティブがないのではないか」と話す。
「財政当局も忙しく、予算の根拠としてどのようなデータがあるのか確認するかというと、そうでもない。また、役所にとってのお客さんは住民です。窓口に来る住民に対して、データはこうだからと説得してもなかなか受け入れてもらえない。そうなると、職員がデータを活用しようというモチベーションを持ちづらいのかなと思います」
(宇野雄哉さん)
データ利活用へのモチベーションを持ちづらい要因として、政策を実施したことによる成果を検証する仕組みが整っていないことも課題と言える。
前述のヒアリング調査では、現場では成果を求められることはほとんどなく、取組の拡大を求められることが多い、目の前の住民からの要望に応えることが重視されがちといった意見があり、成果を検証し、それを事業の改善に活かせていないことが窺える。
宇野さんは効果測定のむずかしさについてこう指摘する。
「検証がむずかしい背景には、政策による効果が明らかになるのも、データが出てくるのも遅いという事情があります。そうなると、当時の担当者がいなかったり、目の前にある別の業務の方が優先順位が高くなり、以前に実施した政策の振り返りをする時間がとれない。
ですが、きちんと検証することで、効果がある政策については、似たような条件の地域で横展開することもできるようにしていきたいですね」
こうしたデータ利活用の課題を踏まえて、まち・ひと・しごと創生本部ではデータ利活用を促すための研修などをおこなっている。
後編では、その取り組みのひとつとして、新潟県十日町市で実施した、RESASを活用した政策立案ワークショップについて紹介する。
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