「これくらいの事件は起こす」 予期された飼育崩壊はなぜ防げなかったのか(前編)
「これくらいの事件は起こす」 予期された飼育崩壊はなぜ防げなかったのか(前編)
「史上最悪、災害級の虐待事件です」
2021年11月、約1000頭もの犬を劣悪な環境で飼育・虐待したとして、「アニマル桃太郎」を運営する百瀬耕二被告らが動物愛護管理法(虐待罪)および狂犬病予防法違反の疑いで逮捕された。
動物福祉の普及啓発に取り組む「公益財団法人動物環境・福祉協会Eva(以下:Eva)」代表の杉本彩さんは、冒頭のような強い言葉で、「アニマル桃太郎」の事件を強く批判する。
(「アニマル桃太郎」の飼育環境 奥原獣医師撮影)
約1000頭と、過去に例を見ない規模感で起こった事件の様子は多くのメディアで報道され、
「行政が機能しなかった」
「欧米と比べて、緩い法規制だった」
など、国や自治体の対応を批判している。
「アニマル桃太郎」の悪質な経営は近隣事業者の間でも有名で、近くで獣医を営み、今回告発に協力した奥原淳獣医師によると「いつか事件を起こすと噂されていた」とのこと。
実際に従業員や近隣住民からの苦情もあったという。
自治体の対応や国の規制に問題があったのは確かだが、既存の報道からは「なぜ国や行政が機能しなかったのか」という問題の背景までは見えてこない。
リディラバジャーナル「第三のニュース」特集。
今回のテーマは、「多頭飼育崩壊〜『アニマル桃太郎』経営者逮捕の裏にある構造〜」
商業的な理由から自らの飼育管理能力を超えて飼育崩壊を起こした「アニマル桃太郎」の責任を踏まえた上で、これほどの大事件に発展する前に、打つ手はなかったのだろうか。
行政や「アニマル桃太郎」を単に批判するのではなく、事件の背景や構造に目を向けて、再発を防ぐため、事件を告発したEvaや奥原獣医師、管轄自治体である長野県や松本市をはじめ、多数の関係者に取材を実施。
再発防止に向けて、飼育崩壊の裏にあるペット産業・ペット行政の課題を明らかにする。
前編では行政の対応に注目し、「行政の対応が悪かった」の背景にあった事情を明らかにする。
「目に染みるアンモニア臭」
長年のツケが生んだ飼育崩壊
以下に「アニマル桃太郎」の飼育崩壊が明らかになるまでの経緯をまとめた。
一連の行政の対応からは、再発防止の上で重要な3つのポイントが浮かび上がった。
1つ目のポイントは「厳しい行政措置をためらう行政の習性」
「アニマル桃太郎」を含め、営利目的での動物飼育・販売等を行う事業者は、動物愛護法に基づいて県(※)への登録を行い、県が事業者の管理・監督を行う仕組みとなっている。
管理・監督を行う中で、問題が見られた事業者に対しては「指導困難事例」として、行政からの指導勧告や、最悪の場合営業停止措置を下すことができる。
※政令指定都市など一定の条件を満たす市については、県ではなく市が登録・監督を行う
仕組みの上では、行政によるガバナンスが機能するはずだが、実態はどうだったのだろうか。
「アニマル桃太郎」を管轄していた、長野県松本保健所では、すべての動物取扱事業所に対して原則1年に1回立入検査を実施している。
「アニマル桃太郎」にも2017年から事件発覚の2021年までの間に、緊急検査も含めて合計9回の立入検査を実施した。
2018年に立入調査を行った際の報告書には、「糞尿による臭いがひどく、人によっては目にしみるくらいのアンモニア臭 。(中略)いったん外に出なければ我慢できない状態」との記載が見られる。
また翌年、19年の報告書には「中に入ることができないくらいのアンモニア臭」との記載がある。
事件発生の2年前の段階で、「アニマル桃太郎」の環境が不衛生だったこと、また不衛生な環境は一時的なものでなく、継続的なものだと行政側では把握をしていたことになる。
2020年11月に、松本市保健所に苦情が寄せられたことを受け、臨時での立入検査が行われた際も「清掃状況や飼育スペースなど、以前から目立った改善が行われていない」と報告書に記載をしている。
しかし、これらの検査を通して、行政側が行った対応はいずれも口頭での注意。
逮捕・廃業に至るまで、正式な行政措置は行われなかった。
なぜ、行政側は、口頭での注意を繰り返し、厳しい措置に踏み切れなかったのか。
長野県が事件後に発表した報告書には、以下のような文言が並んでいる。
「長野県では勧告や命令といった行政措置は、動物取扱事業者に対してこれまで実施していなかった。
また、長野県では、これらの行政措置を適切に実施するための手続きを定めた文書が整備されていなかった」
「法による厳しい措置を行うことは『実質的に困難』と思い込んでいた」
つまり、行政措置は仕組みとして存在していただけで、執行の具体的なプロセスや基準は整備されておらず、措置は形骸化していたのだ。
では、今回の事件は本当に想定不足・準備不足が原因だったのか。
Evaの杉本彩代表は、想定不足以上に大きい、ある「引力」が働いていると指摘する。
「確かに、今回の事件において行政側に手順が整備されていなかった、行政措置の準備が無かったのは事実だと思います。
ただ、長年問題が続いているなかで、職員の誰一人として『口頭注意だけでいいのか』と疑問を抱かないとは思えません。
私は、他の飼育崩壊の事例も見てきて、行政の中に『厳しい行政措置を取りたくない』という引力が働いてるように感じます」
なぜ厳しい行政措置を避けたがるのか、杉本さんは続ける。
「最大の理由は『異動』だと思います。
行政の仕組みとして、部署を2〜3年のスパンで異動し続け、動物愛護の担当に着任する瞬間に、自分はこの業務を3年くらいしかやらないな、とわかっている状態があります。
こうなると、ただでさえ日々色々な業務がある中で、『自分が担当している間は事を荒立てたくない』という気持ちが働くのは当然ですよね」
行政の特徴である異動によって、問題を先送りにする「爆弾ゲーム」的な構図が生まれやすいのだ。
厳しい行政措置を避ける行政側の構造を、杉本さんは続ける。
「行政措置は、最悪の場合営業停止や営業許可の取り消しなど、事業活動を制限することになります。
行政側からすると、事業活動の制限には訴訟などのリスクが伴うため、絶対に失敗できない。
おかしな言い方になりますが、行政措置の仕組みを整備してしまうと、組織のリスクが高まるんです。
こうなったら事業活動を制限しないといけない、とルールを定めるよりも、永遠に口頭注意を続けた方が、訴訟リスクという観点では安全になる構図があります」
厳しい行政措置を取れなかったのは「準備不足」と語られているが、その背景には、異動文化とリスク管理という行政ならではの論理があると、杉本さんは指摘する。
(「アニマル桃太郎」の飼育環境 奥原獣医師撮影)
「最優先とは認識していなかった」
県と市の間に生まれた溝
2つ目のポイントは、「対応の遅れを生む縦割り行政」
2007年の事業者登録から、「アニマル桃太郎」の管理・監督は長野県が管轄しており、20年11月の苦情による立ち入り検査等も県が主導で行っていた。
しかし、2021年4月に松本市が中核市に指定され、権限が拡大されたことによって、「アニマル桃太郎」の管理・監督は長野県から松本市が行うことになった。
担当が変わった21年4月の時点では既に、「アニマル桃太郎」が危機的な状況に陥っていたと見られるが、県から市への引き継ぎは十分に行われていたのだろうか。
長野県・松本市それぞれにインタビューを行った。
長野県の職員は次のように語る。
「松本市さんへ対応を引き継いだ事業者は合計で80近くありますが、それぞれの事業者について、いつどんなやり取りをした、こんな問題がある、といった引き継ぎ書を作って引き継ぎを行いました。
『アニマル桃太郎』に関しても、県内で最も規模の大きい施設で、口頭で指導をしているが改善が見られにくい、苦情が入って立ち入り検査をしている、といった情報は共有をしました。
ただ、どこまで細かく問題を共有したのか、重要度をどのように伝えたのかまでは、情報を持ち合わせておりません」
一方、引き継ぎを受ける側の松本市職員は次のように語る。
「県の方からは『懸案事項がいくつかある事業者の中のひとつ』として話を聞いており、『最優先事案』として対応すべき事業者との認識はありませんでした。
21年に通報があり、県の方で立入調査をした事実は承知していましたが、具体的な通報の内容までは把握していませんでした」
長野県から松本市に業務が移管される過程で、「アニマル桃太郎」に対する問題意識は十分に共有されておらず、松本市としても緊急の対応を要する事業者とは認識していなかったという。
県と市に限らず、動物愛護に係る行政組織が縦割りとなっている影響を、奥原獣医師は次のように語った。
「動物虐待なら警察、狂犬病注射は厚生労働省、獣医師の問題は農林水産省、動物愛護に関する問題は環境省…
このように、動物愛護に対応する行政機関は多岐に別れています。
今回の事件では、『アニマル桃太郎のオーナーが無免許で医療行為を行って、獣医師法にも接触しているんじゃないか』という話があったので、農水省も関わる必要があり、時間がかかるだろうなあと思っていました。
今回の事件に限らず、多頭飼育崩壊というのは、上記の問題が絡み合って起こるので、縦割りの仕組みの中でスムーズに対応するのは現実的に難しいんじゃないかと思いますね」
奥原さんの指摘は当たっていた。
松本市の職員も、現場での混乱を次のように振り返る。
「21年の4月に引き継ぎを受け、9月に家宅捜索・逮捕となったのですが、この間には色々な関係者の皆さんと対応を協議していました。
通報内容に『アニマル桃太郎が無資格で犬猫の帝王切開手術を行っている』とあったので、これは獣医師法に関わるということで、農水省さんにも会議の出席をお願いしました。
農水省が管轄する獣医師法に違反はあるか、環境省が管轄する動物愛護法に違反するのか、厚労省が管轄する狂犬病の注射に問題はなかったか、警察にはどのタイミングで介入してもらうのか…
色々な関係者とひとつずつ手続きを確認するのに、時間が必要でした」
長野県と松本市の引き継ぎからも、また、通報から家宅捜索までの流れからも、行政組織の「縦割り」によって対応が後手に回った様子が見て取れる。
この「縦割り」問題について、Evaの杉本彩代表は「理想論」だと前置きした上で、次のように語った。
「行政側は、動物虐待が深刻化する前に、問題を発見して対処する公的な権力を持っているんですが、縦割りやスピード感の問題があって、いまはその権力を適切に行使できていません。
であれば、縦割りといった組織的なしがらみが少ない、動物虐待に特化した専門機関を新たに作り、その専門機関が主導で、各省庁や警察と連携をしながら動いていく、という形が理想なのではと思います。
実際に、海外ではそのような専門機関が実現されているので、決して不可能な話ではないと思っています」
「人員が足りない」と言う前に
行政が向き合うべき課題とは
3つ目のポイントは「使えるリソースを考慮しない制度設計」
実は、動物虐待に対応する人員は各自治体で慢性的に不足しており、かねてから各種メディア等でも報道がなされている。
松本保健所の場合、管轄する事業所者は2020年度末時点で153件。
登録事業者は年々増加傾向にあり、直近の10年強で約1.6倍に増加している。
当時、松本保健所において動物愛護管理業務を担当する職員数は4名で、業務内容は虐待対応だけでなく、迷い犬や負傷動物の保護、地域住民から寄せられる動物に係る苦情対応など、多岐にわたる。
報告書にも、他の業務が「量的・質的に増加」し「動物取扱業への監視指導業務に充てる時間が相対的に少なくなっていた」と記載されている。
人手不足が理由で、十分に事業者を管理・監督するのが難しい。
行政の現実が見え隠れする中で、Evaの杉本彩代表は異なる観点から問題を指摘する。
「確かに、行政の人員や予算が足りていない、苦しい状況にあるのはその通りだと思います。
ただ、今回のような大規模な多頭飼育崩壊の原因が、人員や予算に起因するとはとても言えないと思います。
仮に全ての事業者を管理・監督するのは難しくても、『アニマル桃太郎』のように劣悪な状態が何年も続いている事業者が放置されてきたのは、行政の怠慢と言っても差し支えないと思います。
どこか1ヶ所だけ管理をするとしたら、間違いなく『アニマル桃太郎』だったわけですから」
杉本さんは続ける。
「そもそも、動物取扱業が登録制になっている理由は、命に関わる産業なので、行政の管理の元で事業を行うべきだからです。
事業者が健全に運営を行う義務があるのと同様に、行政にはきちんと事業者を管理する義務があるんです。
問題の本質は、行政の人手が足りないことではなくて、自分達のリソースでは管理しきれない数の事業者を登録させてしまい、結果として監督責任を負えなくなっていることです」
行政の人員が不足する中で、どの業務に注力するのか、またカバーできないほどの業務量が生まれている現状をどうやって変えるのか、理想論で「人を増やそう」ではない現実的な議論が必要とされている。
ここまで、行政の目線から、史上最大の飼育崩壊事件が生まれた背景を明らかにした。
「厳しい行政措置をためらう行政の習性」
「対応の遅れを生む縦割り行政」
「使えるリソースを考慮しない制度設計」
これらは全国の自治体が抱える問題であり、単に松本市・長野県だけを批判しても、次なる被害は止められない。
今回の教訓をもとに、動物愛護にまつわる行政の仕組みそのものを、全国的に見直していく必要がある。
次回、後編では「アニマル桃太郎」のような悪質な動物取扱事業者が生まれるに至った「ペット流通産業の仕組み」に焦点をあてる。
今回のような飼育崩壊を引き起こす原因は、動物の命を事業として扱うペット業界や、その利用者である私たち市民にもあるのだ。
リディラバでは、2020年にも「犬猫の殺処分」問題を取り上げ、環境省や動物愛護センターなどへの取材を実施した上で、全9回の特集記事を公開しています。
より深く問題を知りたい方は、こちらの特集もぜひお読みください。
リディラバジャーナル 構造化特集「犬猫の殺処分」
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