• 新しいお知らせ
    ×
公開日: 2023/2/28(火)

親も子も、ここにいてもいいんだと思える社会へ 「メシが食える大人」を育てる学習塾が、野外体験に取り組むワケ

公開日: 2023/2/28(火)
公開日: 2023/2/28(火)

親も子も、ここにいてもいいんだと思える社会へ 「メシが食える大人」を育てる学習塾が、野外体験に取り組むワケ

公開日: 2023/2/28(火)

全国に195か所360教室を展開する花まる学習会代表の高濱正伸さんが、思考力・国語力・野外体験を3つの柱とした塾を立ち上げたのは、30年前。バカンスでもなく、ツアーでもない、「生きる力」を育むスクールとして、毎年延べ10000人の子どもたちを引率し続けている。

 

子どもにとって必要な力とそれを育む「体験」とはどんなものなのか。


子どもの問題を考えていく上で、子育てを社会でどのように支えていくべきなのか。

 

花まる学習会の実践を通して、高濱さんが考え続けてきたその思いを聞いた。
 

【高濱正伸】
花まる学習会代表

1959年熊本県生まれ。東京大学卒、同大学院修了。1993年、「メシが食える大人に育てる」という理念で「花まる学習会」を設立。NPO法人子育て応援隊むぎぐみ理事長、算数オリンピック委員会作問委員、日本棋院理事。保護者向けの子育て講演会のほか、『伸び続ける子が育つお母さんの習慣』など著書多数。2020年から無人島プロジェクトを開始。

目指したのは「メシが食える大人」を
育てるための学習塾

 ――高濱さんが代表を務める花まる学習会では、思考力・国語力・野外体験を3つの柱にされていて、一般的な学習塾とは一線を画しているように思うのですが、どんなきっかけで立ち上げられたのですか?

 

花まる学習会を始めたのは1993年です。当時、予備校講師としての仕事で十分に生計を立てることができていたんですけど、あるとき、中堅クラスへ授業に行ったら40〜50人ぐらいのクラスの大多数の生徒に、いわゆる「ひきこもり」傾向があったんです。日本で「ニート」という言葉が使われるようになるよりも前の話です。

 

調べてみると、本当に相当な数の「社会的ひきこもり」状態の子どもがいることがわかってきました。当時は子どもが学校に行かなくなっても、学校教育の現場では誰が責任をとるわけでもなかったんです。「教育現場で、根本的に何か間違ったことが進行しているな」と感じました。

 

それで、学校に入って革命を起こすみたいなことも考えたんだけど、私が出した答えは、子どもたちを「メシが食える大人」に育て上げるための塾を始めることでした。


――「メシが食える大人」に育てる学習塾とは、まったく新しい試みだったかと思いますが、最初からビジョンが見えていたんですか?

 

思考力・国語力・野外活動という三本柱は当初から明確に見えていました。

 

それまで予備校講師として出会った生徒の中には、心がネガティブになっていて「どうせ俺なんかダメだ」というふうに、コンプレックスで凝り固まっている子がいたんですね。そういう生徒をみると、これは「心」の問題だなと。そこから「思考力」というキーワードが出てきました。

 

そして、思考力のためには「国語力」が大事だと考えました。言葉の力をつけないと、考えられないからです。

 

さらに、考えるための脳が何をもって伸びるかというと、「体験」です。没頭して大好きなことを繰り返す体験をすると創造性や集中力などの脳の力が伸びるんです。

 

脳の力を伸ばすということを考えた時に、幼児から大学院生まで全学年を教えてみて、小学校5年生以降になると難しいと感じるようになりました。思春期に入ってくると、コンプレックスが強くて呪いが解けないような状態になってしまう。5年生くらいまでに「ここにいてもいいんだ」と思える感覚とか、遊び込んだらもう止まらない感じとか、そういう体験をすることが大事だということがわかってきました。

 

(写真:川の中から見た、子どもが水中ゴーグルをつけて水中探索をする様子)

脳の力を伸ばす「質の高い体験」とは

――子どもの脳の力を伸ばす「質の高い体験」というものがあるとしたら、高濱さんはどんなものだと思われますか?

 

脳の力を伸ばすのに1番いいのは、何にもない野原で子どもたち同士で「あそこに基地をつくろう」とか、川で「ダムをつくってみよう」とか、そんなことをひたすら繰り返すような体験です。あと、無人島で遊ぶとかね。禁止事項ばかりの公園と違って、無人島は制限が少なくていいですよ。

 

本当は、危ないことを自分たちで制御しながら遊び抜くみたいな場面で子どもたちの最高の集中力が出るんだけども、日常ではそういう場がなかなか確保できません。ならば自分が連れて行くしかないと、花まる学習会を始めたのが30年前。今、そのときの決断はまったく間違っていなかったという手応えがあります。

 

(写真:川の外から見た、子どもたちが川面に顔をつけて観察する様子)

 

――脳の力を伸ばすのに、小学校5年生が一つの境目になるというお話がありましたが、中には、環境などに恵まれずに、結果として中高生や大学生になったときに、自己肯定感を持てていなかったり、対人コミュニケーションなどの課題が表面化して不登校になったりしてしまう子もいるかと思います。

 

10歳以降であっても、大きく変われた人もたくさんいます。実は私自身もそうで、自信のなさを高校生くらいまで引きずっていました。

 

10歳以降は、メンターといえるような人との出会いがカギになります。「この人についていこう」と惚れ込めるような人との相互作用のあるコミュニケーションを通して成功体験を積んでいくと、自信を持てるようになってきます。

 

――花まる学習会は年間1万人の子どもたちに体験を届けていて、本当にすごいことだなと思うのですが、課題はありますか?

 

ずっと課題だと思っていたのは、金銭的に余裕のある家庭の子どもしか参加できないということです。無料枠をつくったこともありましたが、「あの子は無料枠で来ているんだよ」という差別が起こり得るので、親も申し込みをためらうんですね。

 
子どもたちに体験を与えるべきだし、それを通して成功体験を掴めると、子どもたちの人生にどんどんプラスに作用していきます。だから、都会では失われてしまった外遊びを、すべての子たちにやらせてあげたいと、ずっと思っていました。

人のネットワークの網目の中に
自分がいるという感覚を親が持てるか

――子どもが学校へ行かなくなっても、学校教育の現場では誰も責任を負わないというお話がありましたが、子どもの教育に関して最終的な責任を誰が負うのかという話になった時に、多くの人が思い浮かべるのは親なのではないかと思います。ただ、親の自己責任論で片付けるには無理があるようにも思えます。

 

私はこれまでに数えきれないくらい講演をしてきましたが、保護者に対して「正しい子育てはこうなのに、あなたはできていない」みたいな話を論理的にしても意味がないんです。

 

最初は、「なんでこんなことも分からないのか」と疑問に思っていました。しかし、「正しい子育て」を孤立したお母さんに押しつけている自分の方が間違っていたんだと、あるときに気付いたんです。

 

というのも、そもそも人類は何万年の歴史の中で子育てを「群れ」でやってきたのに、この70〜80年はお母さんと子どもという単位になってしまった。

 

つまり、本来は1人の母さんと赤ちゃんがいたら、身近に2〜3人は子育てを経験しているおばちゃんおじちゃんがいて「かわいいね、あなたの小さい時によく似てるね」なんて言いながら、お母さんが疲れていれば「私が代わりに抱っこしてるから、少し寝てきたら?」とか「あなたよく頑張ってる。私たちのときよりよっぽどいいよ」というように、思いやりとねぎらいとあたたかさの中で子育ては成立していたんです。それが今は壊れてしまっているっていうことに私が気づいたのが、25年ぐらい前ですね。

 

お母さんが子育てでイライラしたり不安になったりしたときに、側にいて「大丈夫だよ、あなたはよく頑張ってるよ」と言い続ける人がいるっていう状況を作っておかないと子育ては無理なんです。つまり、「正しい子育て方法があって、それを親がちゃんとやる」っていう思考が、そもそも間違っている。子どもの問題は、家庭だけに介入しても解決しません。

 

大事なのは、子どもの自己肯定感で、現代社会におけるその最大関数は母親の自己肯定感です。お母さんの安定が1番。普段、ともに長い時間を過ごす母子は直接的に影響し合っているから、お母さんが壊れると、子どもはどんどん不安になる。

 

お母さんの心の安定を支えるためには、お母さん自身が人のネットワークの網目の中に自分がいるという感覚を持てることが大切です。だから、親が社会的に孤立せずに、精神的に安定して子育てができる社会をつくっていくことが第二の仕事だと思いました。
 

(写真:高濱正伸さん)

 

―――仮に無料の体験があったとしても、親が行かせようと思わないと子どもは参加できません。そもそも、親が孤立していたら、無料の体験の機会があるということすら知らないということもあります。
 

花まる学習会で無料枠をつくったときは、本当に届けたい子どもへ体験を贈ることはなかなか難しかったのですが、リディラバさんとの子どもの体験格差解消プロジェクトでは、日常的に困難家庭の子どもの支援をしたり、あるいは日常的な保護者支援をしたりしているNPOの団体と連携しているのがいいですね。そこを経由して子どもたちに募集をかけるという形なので、応募する側も参加しやすいはずです。

 

自然の中の危険に満ちている感じとか、心の底から楽しいという感覚とかを味わって育った人は胆力がある。器が大きいと言い換えてもいい。

 

それはこの30年の経験から確かに言えることで、すべての子どもたちに体験を届けたいというのは、ずっと思い続けてきたことでもあります。このプロジェクトが「体験をすべての子どもたちに与えよう」という合意形成の一歩目になるといいと思っています。
 


 

(子どもの体験格差解消プロジェクト 詳細はこちら

 

note
リディラバジャーナル編集部
noteのicon
東京・埼玉で相次いだ闇バイトによる強盗。指示役に脅されていた若者も?
2024年10月4日

ニュースに潜む社会課題をキャッチ! リディラバジャーナル

みなさん、こんにちは!リディラバジャーナルです。

続きをみる
「選択的夫婦別姓制度」が総裁選の焦点に?日本の姓の歴史の背景をひもとく
2024年9月17日

ニュースに潜む社会課題をキャッチ! リディラバジャーナル

みなさん、こんにちは!リディラバジャーナルです。

続きをみる
新しい認知症観とは?“常識”を捨て、認知症の人に「寄り添う」ことが、その人らしさの尊重に繋がる
2024年9月6日

ニュースに潜む社会課題をキャッチ! リディラバジャーナル

みなさん、こんにちは!リディラバジャーナルです。

続きをみる
「9月1日」を乗り越えた子どものその後は?SOSを聞き逃さず、切れ目のない支援を
2024年8月30日

ニュースに潜む社会課題をキャッチ! リディラバジャーナル

みなさん、こんにちは!リディラバジャーナルです。

続きをみる
子どもは「安心して学校を休む権利」をもっている。夏休み明けの子どもの自殺防止に役立つチェックリストも
2024年8月23日

ニュースに潜む社会課題をキャッチ! リディラバジャーナル

みなさん、こんにちは!リディラバジャーナルです。

続きをみる
「食品ロス」が「日本の食料自給率」を救う?2つの社会課題を解決へ導く循環型システム
2024年8月9日

ニュースに潜む社会課題をキャッチ!リディラバジャーナル

みなさん、こんにちは!リディラバジャーナルです。

続きをみる
「パパは寝てる」Tシャツの裏で、男性の育休取得率は過去最高に。新旧の価値観がぶつかり合う転換期
2024年8月2日

ニュースに潜む社会課題をキャッチ! リディラバジャーナル

みなさん、こんにちは!リディラバジャーナルです。

続きをみる
起業家が受ける不当な圧力・セクハラ。背景にあるものは?【ニュースに潜む社会課題をキャッチ!】
2024年7月26日

ニュースに潜む社会課題をキャッチ! リディラバジャーナル

みなさん、こんにちは!リディラバジャーナルです。

続きをみる
「障害者が子どもを産むな」ひとつでもできないことがあれば子どもをもってはいけないのか?
2024年7月19日

みなさん、こんにちは!リディラバジャーナルです。

日々流れてくるさまざまなニュース。一見、局所的で自分とはかかわりのないように見えるニュースも、その出来事をとりまく社会課題を知ると、見え方が大きく変わってくるはず。

続きをみる
芸術祭なのに、米作りに雪かき?「大地の芸術祭」が挑む地域づくりとは
2024年7月12日

みなさん、こんにちは!リディラバジャーナルです。

日々流れてくるさまざまなニュース。一見、局所的で自分とはかかわりのないように見えるニュースも、その出来事をとりまく社会課題を知ると、見え方が大きく変わってくるはず。

続きをみる
「夏休みに特別な体験をさせられない」子どもの体験格差は、学ぶ意欲や将来の可能性にまで影響を及ぼす?
2024年7月8日

ニュースに潜む社会課題をキャッチ! リディラバジャーナル

みなさん、こんにちは!リディラバジャーナルです。

続きをみる
メディアが作り出した? 生活保護費引き下げにつながった世論
2024年7月1日

ニュースに潜む社会課題をキャッチ! リディラバジャーナル

みなさん、こんにちは!リディラバジャーナルです。

続きをみる
在日クルド人に対するSNSでのヘイトスピーチ。書き込みへの法的措置の意義とは?
2024年6月21日

ニュースに潜む社会課題をキャッチ! リディラバジャーナル

みなさん、こんにちは!リディラバジャーナルです。

続きをみる
輪島・珠洲の断水解消も、水道は使えない。復興を左右するのは世間の関心の深さ
2024年5月31日

ニュースに潜む社会課題をキャッチ!リディラバジャーナル

みなさん、こんにちは!リディラバジャーナルです。

続きをみる
少しずつ可視化されてきた「恋愛的にも性的にも惹かれない」人たち。アロマンティック・アセクシュアルとは?
2024年5月24日

ニュースに潜む社会課題をキャッチ! リディラバジャーナル

みなさん、こんにちは!リディラバジャーナルです。

続きをみる
喜べない教員の給与増。残業が残業だと認められない給特法とは?
2024年5月17日

ニュースに潜む社会課題をキャッチ!リディラバジャーナル

みなさん、こんにちは!リディラバジャーナルです。

続きをみる
勤務時間15分減で退職金ゼロ?非正規の人の労働条件を改善するための制度のはずが…
2024年5月14日

ニュースに潜む社会課題をキャッチ! リディラバジャーナル

みなさん、こんにちは!リディラバジャーナルです。

続きをみる
性犯罪の被害者の約半数が子ども。わが子をグルーミングから守るには?【ニュースに潜む社会課題をキャッチ!】
2024年5月7日

みなさん、こんにちは!リディラバジャーナルです。

日々流れてくるさまざまなニュース。一見、局所的で自分とはかかわりのないように見えるニュースも、その出来事をとりまく社会課題を知ると、見え方が大きく変わってくるはず

続きをみる
動物の虐待摘発過去最多。「保護犬・保護猫」前進の裏で生まれる課題
2024年4月12日

みなさん、こんにちは!リディラバジャーナルです。

日々流れてくるさまざまなニュース。一見、局所的で自分とはかかわりのないように見えるニュースも、その出来事をとりまく社会課題を知ると、見え方が大きく変わってくるはず。

続きをみる
スクールカウンセラー約250人が雇い止め。子どもの心の健康を支える専門職なのに任期は1年?【ニュースから読み取る社会課題!リディラバジャーナル】
2024年4月4日

みなさん、こんにちは!リディラバジャーナルです。

日々流れてくるさまざまなニュース。一見、局所的で自分とはかかわりのないように見えるニュースも、その出来事をとりまく社会課題を知ると、見え方が大きく変わってくるはず。

続きをみる
依存症の人に必要なのは「反省や刑罰」ではなく「治療と仲間」
2024年3月29日

みなさん、こんにちは!リディラバジャーナルです。

日々流れてくるさまざまなニュース。一見、局所的で自分とはかかわりのないように見えるニュースも、その出来事をとりまく社会課題を知ると、見え方が大きく変わってくるはず

続きをみる
「同性婚を認めないのは違憲」互いの違いを尊重できる成熟した社会へ
2024年3月18日

ニュースに潜む社会課題をキャッチ! リディラバジャーナル

みなさん、こんにちは!リディラバジャーナルです。

続きをみる
能登半島地震、深刻なボランティア受け入れ態勢不足が課題
2024年3月8日

ニュースに潜む社会課題をキャッチ!リディラバジャーナル

みなさん、こんにちは!リディラバジャーナルです。

続きをみる
学校の死亡事故の7割が国に未報告。求められる事故検証システム
2024年3月1日

みなさん、こんにちは!リディラバジャーナルです。

日々流れてくるさまざまなニュース。一見、局所的で自分とはかかわりのないように見えるニュースも、その出来事をとりまく社会課題を知ると、見え方が大きく変わってくるはず

続きをみる
「思いこみ」も背景に?女性管理職への道を阻むもの【なぜ少ない?学校教育現場の女性管理職】
2024年2月23日

みなさん、こんにちは!リディラバジャーナルです。こちらの記事の最後には、全文無料で読める!「学校経営の新時代、女性管理職の可能性 ~ロールモデル・取り組み事例資料集~」もご紹介しています。ぜひご活用ください!

続きをみる
×
CONTENTS
intro
代表インタビュー
no.
1
ツアーレポート
no.
2
インタビュー
no.
3
インタビュー
no.
4
インタビュー
no.
5
インタビュー
no.
6