• 新しいお知らせ
    ×
公開日: 2023/1/14(土)

「助けて」と言えない日本社会で、子どもたちの「当たり前」を守るために

公開日: 2023/1/14(土)
公開日: 2023/1/14(土)

「助けて」と言えない日本社会で、子どもたちの「当たり前」を守るために

公開日: 2023/1/14(土)

「みんなで食事をしたり、電車に乗ったり。私たちが当たり前にしていることを体験できていない子どもたちがいる。その現実に直面したときに、『これはなんとかせんといかん!』と思いました」

 

そう語るのは、原水敦さん。未就学児から高校生を対象とした探究プログラムを企画・運営している一般社団法人ピープラスの代表理事であり、「子どもの体験格差解消プロジェクト」の協力団体の1つでもある「一般社団法人こども宅食応援団」の理事も務める。


原水さんは障害者福祉の世界でキャリアをスタートさせたのち、体験教育活動へと軸足を移して約10年が経とうとしている。

原水さんはなぜ福祉から教育へと足を踏み入れたのか。体験は子どもたちに何をもたらすのか。そして、原水さんの体験活動への思いとは。

 

現場から見た体験格差の実態を原水さんに聞いた。

 

【原水敦】
一般社団法人こども宅食応援団理事。大学4年次に休学。ボスニアでのNGO活動に参加。卒業後、障害者福祉施設に入職。在職中に市民団体Uppleを立ち上げ、7泊8日の教育キャンプをスタート。2013年に独立し、(一社)ピープラスを設立。福岡にカタリ場、マイプロジェクトを誘致。同時に、北九州まなびとESDステーション特任教員として、ESDをテーマに大学生主体の約25個のプロジェクトを伴走。2020年より(一社)こども宅食応援団に参画し、2022年6月に理事に就任。北九州市立大学非常勤講師、高校スクールソーシャルワーカー。社会福祉士、保育士。

 

体験を通じて、子どもは大人になる

 ――原水さんは、こども宅食応援団の理事と同時に、自身でも子どもたちの体験教育を推進する活動に取り組まれていますよね。

 

「子どもたちにもっと自然体験を!」という思いから、2007年に市民団体Uppleを立ち上げ、自然の中での教育キャンプを始めました。

 

2015年4月からはNPO法人カタリバからの委託で、福岡県内でのカタリ場事業や九州地域での「マイプロジェクト」を開始し、同時に一般社団法人ピープラスを設立しました。

 

ピープラスでは、未就学児から小・中学生を対象に、子ども主体の自然体験の場を提供しています。

海・山・川・ときには無人島を舞台に、短いものでは日帰り、長いものでは7泊8日のキャンプを主催しているんです。

 

「ナナメの関係」を大切にしていて、ちょっと上のお兄さん・お姉さんがどう生きているのかに触れるというのを中心に据えてやっています。
 

(ピープラスの活動の様子)


――その中で、子どもたちにどんな変化が起きているのでしょうか。

 

もともと発達障害を抱えて学校へ行けていなかった中学生の子がいるのですが、私たちのキャンプに来るようになって学校に行けるようになったと聞きました。

 

野外体験を通じて、あの人に会える、あれが出来る、という居場所が出来て、それが本人の自信にも繋がって。そんな変化が生まれているのかなと。

 

また、親御さんがよくおっしゃるのは「表情が大人になった」ということですね。キャンプに行って主体的になったという話をよく聞きます。

 

生きていくことに対して自分が主体的に何かを意思決定していくという経験を積む場として、自然の中ってすごくいいんです。

自宅ではおうちの人がやってくれていることも、キャンプではすべて自分たちでしないといけない。

 

「自分でする」ということが子どもたちにとって当たり前になってくると、家に帰ってからも自分からやるようになるんでしょうね。

 

障害者福祉から教育への越境
“制度”ではなく“人”を変える

――原水さんはもともと、社会福祉士としてキャリアをスタートされているんですよね。

 

はい。障害者支援の現場で働く中で、「福祉ってすごく大切だな」と思うのと同時に、「福祉だけじゃ追いつかないな」というのも痛感していました。

 

法の中に定められているものだけじゃ全然追いつかない。やっぱり市民が変わらないと難しいと思って。

 

――どんな経験からそう考えるようになったのでしょうか?

 

私が入職した2000年頃は、介護保険制度ができ、NPO法人がどんどん立ち上がって「福祉」に関するサービスが社会に増えていく時期でした。

 

そうした過渡期に、「障害が重い」と言われる方々との出逢いがあり、その方の5年先、10年先、そして親御さんが亡くなった後のことをどうしても考えてしまうわけです。

 

社会全体としては「地域福祉」が主流になる一方で、「障害が重い」と言われる方々の多くは、最終的には人里離れた施設に入所して暮らすしかないという現実がありました。

 

あるとき、自分の担当だったAさんが親御さんの都合で通所が難しくなって、入所施設に行かざるを得ないという状況になりました。

 

通所してきた最後の日、Aさんは号泣し始めたんです。彼は当時20歳で、発語がうまくできなかったんですが、号泣することで「入所施設には行きたくない!」というメッセージを発していたんですね。

 

 

障害のある方たちは自分で選択することができないままに人生を歩まざるを得ない。その姿を見て「これはなんとかせんとマズいぞ」と思いました。

 

親御さんにとってはもっと切実で、ふとした瞬間に「この子は私が連れて行きます」なんて言うんですよね。

それはつまり、「私が死ぬときには、この子と一緒に死にます」ということです。人がそこまで追い詰められる社会って何なんだろうと。

 

障害のある方に向けられる、社会の冷たい目。こうした、当事者の「周りの人たち」を変えることができれば、困っている人を地域で支えていくという状況をつくれるかもしれない。

これからを担う子どもたちを育てていくことが、誰も取り残されないような社会に繋がるのかも知れない。

 

そう考えて、子どもの教育に関わるキャリアへ進んでいきました。

 

全国100団体以上に伴走する中で見えてきた
体験格差につながる課題

――現在は、困難世帯に食品を届ける「こども宅食」事業を支援する、こども宅食応援団の理事をされていますね。
 

福祉は自分から「福祉サービスを利用したいです」って申請をしなければ受けられないんですが、そこからもれている人たちがたくさんいる。

 

Uppleやピープラスで提供するキャンプなどの体験教育機会も似た構図で、これは有償なので参加費を払える家庭の子どもしか参加できません。そこに来られない子もたくさんいるわけです。


そういう現実を目の当たりにしてきた中で、困っている人のところに食事を届けるように “福祉が外に出張っていく”スタイルが必要だと感じていました。

 

そこで、最初は九州エリアの担当として、こども宅食をやりたい団体や、やっているけれどもなかなかうまくいかないという団体へのアドバイスをしたり、お手伝いをしたりという伴走支援を始めました。

 

今は九州に限らず、全国で約100団体の伴走支援をしています。

 

(子ども宅食応援団の活動の様子)

 

――こども宅食を利用されている世帯は、原水さんから見ると、どんな困りごとや困難を抱えているのでしょうか。

 

経済的貧困と社会的孤立の二つが掛け合わされた状態にいると思っています。


――社会的孤立というのは具体的にはどういうことでしょうか?

 

ひとり親世帯に多いのですが、「誰にも頼れない」と思い、社会との繋がりを失っている状態です。

 

社会から孤立している上に経済的困窮状態であるということが、非常に難しい状況をつくっていると私は考えています。
 

「困っている」「助けて」と言えない日本社会

例えば、一人で子育てをしていると、どうしても育児に時間をとられて社会に参加する機会が少なくなります。

 

その結果、周りとの接点が極端に少なくなるので、自分から助けを求めることに対するハードルが上がっていく。自ら支援を求める「求援力」がない状態ですね。

 

また、支援を受け取る「受援力」も弱くなっている。これは日本人の性質ということもあるのかもしれませんが、厳しい状況に置かれていながら「うちは大丈夫ですから、もっと困っている人のところへ行ってあげてください」みたいなことをおっしゃる。

 

こども宅食では、地域のボランティアが食材を届ける。それが受援力や求援力を上げていくきっかけをつくるんですよね。

 

何かあったときに、名札をつけた専門家へ行くよりも、つながりがあって信頼できるおじちゃんおじちゃん・おばちゃんに相談する方がハードルが低い。

 

「困っているんです」というのを言いやすくすることは、今の日本社会にすごく必要だと思います。


――こども宅食はあくまで入り口・きっかけということですね。

 

こども宅食を通して関係性を築いていくと、子どもたちが「助けて」と言えるようになっていく。

 

そうすると、子どもたちの本音が聞こえ始めるんです。

それで、やっと子どもたちと社会とをつなぐきっかけをつくれるようになります。

 

学習支援なのか、不登校の子の居場所なのか、不足している体験機会をつくるのか。

こども宅食の先に、個々の課題に対応する社会資源に繋げていくことが重要だと私は思っています。
 

“プラスα”ではなく、すべての子どもにとっての当たり前を

――原水さんご自身は、体験活動を通して子どもたちにこんなふうになってもらいたいということはありますか?

 

自分の人生をちゃんと自分で生きてほしいという想いが強いですね。ありのままの自分を好きになってほしい。

「自分のままでいいんだ」っていうことを自信を持って認めて、自分で自分の人生を生きていくことが大事だと思っています。

 

まずは自分。そして、それができると周りにも目が向くようになると思うんですね。

 

そういう機会をキャンプのような特別な体験の中だけでなく、日常にもつくりたいと思って、2022年10月にオルタナティブスクールをオープン。

今後は未就学児向けの日常を支える事業にもチャレンジしたいと考えています。

 

(オルタナティブスクールの活動の様子)

 

――経済的困窮あるいは社会的孤立の状態にある子どもたちにとって、自己肯定感や主体的な意欲を獲得する機会は限られていて、しかも一度失うとなかなか立て直す機会が少ないように感じます。

 

ピープラスでも、過去に経済的困窮世帯の子たちを対象にキャンプをやったことがあります。

そういう世帯の子たちは、いつも参加費を払って参加している子たちとはまったく違った反応をしていました。

 

みんなで一緒にご飯を食べるとか、切符を買って電車に乗るとか、みんなで一緒に泊まるとか。私たちからしたら何気ないことを「楽しかった」って言うんです。

 

衝撃でした。そういう子たちに何かできないかなというのはすごく思うところで、他にも同じことを考えている団体は絶対いるだろうと思っていたので、今回のリディラバさんの「子どもの体験格差プロジェクト」のお話にはすごく共感できました。

 

しかも、各支援団体のスタッフも引率で同行する。

子どもたちを普段見ている人たちが一緒に行くことで、日常に体験活動の結果を接続していくという仕組みもいいですね。

 

体験学習って世間では”プラスα”の活動だと思われがちなところがある。でも本来は子どもたちに届けるべき教育だと私は思っていて。

 

だから、それが制度化されて全国にあるというのが理想ですね。体験学習に誰もが無料あるいは安い金額で参加できて、週末に気軽に行けるという感じで。

 

このプロジェクトが、そうした結果に繋がっていくことを期待しています。

 


 


 

(子どもの体験格差解消プロジェクト 詳細はこちら

 

note
リディラバジャーナル編集部
noteのicon
『ネットで全て分かる』は本当? ――兵庫県知事選から見える情報収集の"偏り"を考える
2024年11月22日

ニュースに潜む社会課題をキャッチ! リディラバジャーナル

みなさん、こんにちは!リディラバジャーナルです。

続きをみる
【強迫症啓発週間】発達障害支援に欠けた「学校・家庭・福祉をつなぐ"あいだ"の存在」
2024年10月18日

ニュースに潜む社会課題をキャッチ! リディラバジャーナル

みなさん、こんにちは!リディラバジャーナルです。

続きをみる
「東大だと結婚が難しくなるから、慶應にしておけば」国際ガールズ・デーに読みたい、女子にかけられている呪い
2024年10月11日

ニュースに潜む社会課題をキャッチ! リディラバジャーナル

みなさん、こんにちは!リディラバジャーナルです。

続きをみる
東京・埼玉で相次いだ闇バイトによる強盗。指示役に脅されていた若者も?
2024年10月4日

ニュースに潜む社会課題をキャッチ! リディラバジャーナル

みなさん、こんにちは!リディラバジャーナルです。

続きをみる
「選択的夫婦別姓制度」が総裁選の焦点に?日本の姓の歴史の背景をひもとく
2024年9月17日

ニュースに潜む社会課題をキャッチ! リディラバジャーナル

みなさん、こんにちは!リディラバジャーナルです。

続きをみる
新しい認知症観とは?“常識”を捨て、認知症の人に「寄り添う」ことが、その人らしさの尊重に繋がる
2024年9月6日

ニュースに潜む社会課題をキャッチ! リディラバジャーナル

みなさん、こんにちは!リディラバジャーナルです。

続きをみる
「9月1日」を乗り越えた子どものその後は?SOSを聞き逃さず、切れ目のない支援を
2024年8月30日

ニュースに潜む社会課題をキャッチ! リディラバジャーナル

みなさん、こんにちは!リディラバジャーナルです。

続きをみる
子どもは「安心して学校を休む権利」をもっている。夏休み明けの子どもの自殺防止に役立つチェックリストも
2024年8月23日

ニュースに潜む社会課題をキャッチ! リディラバジャーナル

みなさん、こんにちは!リディラバジャーナルです。

続きをみる
「食品ロス」が「日本の食料自給率」を救う?2つの社会課題を解決へ導く循環型システム
2024年8月9日

ニュースに潜む社会課題をキャッチ!リディラバジャーナル

みなさん、こんにちは!リディラバジャーナルです。

続きをみる
「パパは寝てる」Tシャツの裏で、男性の育休取得率は過去最高に。新旧の価値観がぶつかり合う転換期
2024年8月2日

ニュースに潜む社会課題をキャッチ! リディラバジャーナル

みなさん、こんにちは!リディラバジャーナルです。

続きをみる
起業家が受ける不当な圧力・セクハラ。背景にあるものは?【ニュースに潜む社会課題をキャッチ!】
2024年7月26日

ニュースに潜む社会課題をキャッチ! リディラバジャーナル

みなさん、こんにちは!リディラバジャーナルです。

続きをみる
「障害者が子どもを産むな」ひとつでもできないことがあれば子どもをもってはいけないのか?
2024年7月19日

みなさん、こんにちは!リディラバジャーナルです。

日々流れてくるさまざまなニュース。一見、局所的で自分とはかかわりのないように見えるニュースも、その出来事をとりまく社会課題を知ると、見え方が大きく変わってくるはず。

続きをみる
芸術祭なのに、米作りに雪かき?「大地の芸術祭」が挑む地域づくりとは
2024年7月12日

みなさん、こんにちは!リディラバジャーナルです。

日々流れてくるさまざまなニュース。一見、局所的で自分とはかかわりのないように見えるニュースも、その出来事をとりまく社会課題を知ると、見え方が大きく変わってくるはず。

続きをみる
「夏休みに特別な体験をさせられない」子どもの体験格差は、学ぶ意欲や将来の可能性にまで影響を及ぼす?
2024年7月8日

ニュースに潜む社会課題をキャッチ! リディラバジャーナル

みなさん、こんにちは!リディラバジャーナルです。

続きをみる
メディアが作り出した? 生活保護費引き下げにつながった世論
2024年7月1日

ニュースに潜む社会課題をキャッチ! リディラバジャーナル

みなさん、こんにちは!リディラバジャーナルです。

続きをみる
在日クルド人に対するSNSでのヘイトスピーチ。書き込みへの法的措置の意義とは?
2024年6月21日

ニュースに潜む社会課題をキャッチ! リディラバジャーナル

みなさん、こんにちは!リディラバジャーナルです。

続きをみる
輪島・珠洲の断水解消も、水道は使えない。復興を左右するのは世間の関心の深さ
2024年5月31日

ニュースに潜む社会課題をキャッチ!リディラバジャーナル

みなさん、こんにちは!リディラバジャーナルです。

続きをみる
少しずつ可視化されてきた「恋愛的にも性的にも惹かれない」人たち。アロマンティック・アセクシュアルとは?
2024年5月24日

ニュースに潜む社会課題をキャッチ! リディラバジャーナル

みなさん、こんにちは!リディラバジャーナルです。

続きをみる
喜べない教員の給与増。残業が残業だと認められない給特法とは?
2024年5月17日

ニュースに潜む社会課題をキャッチ!リディラバジャーナル

みなさん、こんにちは!リディラバジャーナルです。

続きをみる
勤務時間15分減で退職金ゼロ?非正規の人の労働条件を改善するための制度のはずが…
2024年5月14日

ニュースに潜む社会課題をキャッチ! リディラバジャーナル

みなさん、こんにちは!リディラバジャーナルです。

続きをみる
性犯罪の被害者の約半数が子ども。わが子をグルーミングから守るには?【ニュースに潜む社会課題をキャッチ!】
2024年5月7日

みなさん、こんにちは!リディラバジャーナルです。

日々流れてくるさまざまなニュース。一見、局所的で自分とはかかわりのないように見えるニュースも、その出来事をとりまく社会課題を知ると、見え方が大きく変わってくるはず

続きをみる
動物の虐待摘発過去最多。「保護犬・保護猫」前進の裏で生まれる課題
2024年4月12日

みなさん、こんにちは!リディラバジャーナルです。

日々流れてくるさまざまなニュース。一見、局所的で自分とはかかわりのないように見えるニュースも、その出来事をとりまく社会課題を知ると、見え方が大きく変わってくるはず。

続きをみる
スクールカウンセラー約250人が雇い止め。子どもの心の健康を支える専門職なのに任期は1年?【ニュースから読み取る社会課題!リディラバジャーナル】
2024年4月4日

みなさん、こんにちは!リディラバジャーナルです。

日々流れてくるさまざまなニュース。一見、局所的で自分とはかかわりのないように見えるニュースも、その出来事をとりまく社会課題を知ると、見え方が大きく変わってくるはず。

続きをみる
依存症の人に必要なのは「反省や刑罰」ではなく「治療と仲間」
2024年3月29日

みなさん、こんにちは!リディラバジャーナルです。

日々流れてくるさまざまなニュース。一見、局所的で自分とはかかわりのないように見えるニュースも、その出来事をとりまく社会課題を知ると、見え方が大きく変わってくるはず

続きをみる
「同性婚を認めないのは違憲」互いの違いを尊重できる成熟した社会へ
2024年3月18日

ニュースに潜む社会課題をキャッチ! リディラバジャーナル

みなさん、こんにちは!リディラバジャーナルです。

続きをみる
×
CONTENTS
intro
代表インタビュー
no.
1
ツアーレポート
no.
2
インタビュー
no.
3
インタビュー
no.
4
インタビュー
no.
5
インタビュー
no.
6