「体験なくして子どもは発達できない」 格差をなくし、子どもを裏切らない社会をつくるために必要なこと
「体験なくして子どもは発達できない」 格差をなくし、子どもを裏切らない社会をつくるために必要なこと
見過ごされてきた社会課題の解決を目指す、子どもの体験格差解消プロジェクト。
その協力団体の一つである「一般社団法人全国子どもの貧困・教育支援協議会」代表理事を務める青砥 恭(あおと・やすし)さんは、『ドキュメント高校中退―いま、貧困がうまれる場所 (ちくま新書)』等の著書でも知られ、日本の学習支援のモデルを築き上げた立役者でもある。
子どもの格差の原因となる、貧困や不登校の現状はどうなっているのか。
子どもの成長において、どのような体験が重要なのか。
体験格差の解消に向けて、大切なことは何なのか。
青砥さんが代表理事を務めるNPO法人さいたまユースサポートネットの事務局を訪ね、幅広くお話を聞いた。
【青砥 恭(あおと やすし)】
鳥取県出身。20年間の埼玉県立高校教諭生活の後、関東学院大学、埼玉大学、明治大学などで講師を歴任。子ども・若者の貧困と格差について、教育と持続的な地域づくりという視点から研究を続けてきた。2011年7月にNPO法人さいたまユースサポートネット(https://saitamayouthnet.org/)を設立し、さいたま市で学習支援、居場所づくり、就労支援など若者の包括的支援事業を展開。2016年からは「全国子どもの貧困・教育支援団体協議会」の代表理事も務める。著書に『ドキュメント高校中退―いま、貧困がうまれる場所 (ちくま新書)』ほか。
体験を失い、社会性を失っていく子どもたち
――青砥さんは県立高校の教員として20年間勤務された後、「さいたまユースサポートネット」を設立し、生活困窮世帯への学習支援等の実践を積み重ねていらっしゃいます。現在は、どのくらいの子どもたちと向き合っておられるのでしょうか?
学習支援だけで年間500人ほどですが、それ以外にも居場所づくりや就労支援なども行なっており、全て合わせるといままでに1万人を超えます。日本で一番多いかもしれませんね。
こうした支援を持続可能な活動にするために、地域の人たちと協働する「地域づくり」を進めていくことが僕らの大きなミッションです。
――私たちの「子どもの体験格差解消プロジェクト」では、困難を抱える子どもたちに非日常体験を届ける活動をひとつの軸としています。数多くの子どもたちと接してこられた青砥さんとして、子どもの発達における体験の価値について、どのようにお考えでしょうか?
根本に据えておきたいのは、体験というのは子どもの発達の基礎課題であるということです。
体験なくして子どもは発達できません。学校の授業で教わることだけではなく、一緒に遊ぶこと、給食を食べること、グランドで遊ぶこと、そのすべてが体験で、それらが総合的に子どもの発達につながります。
でもいまは、コロナ禍などの影響もあり、それらを失った子どもたちがものすごく多いですね。
子ども同士のコミュニケーションや身体接触の場が失われると、そこから社会性の喪失という問題につながります。
でも、それに対して社会には具体策がない。学校現場は忙しく文部科学省もお金がないので、それを親がカバーできるのか、あるいは代替する施設が地域社会にあるのか、といった問題になっていきます。
――コロナ禍で小中学校児童生徒の不登校者数は過去最高、2021年度は約24万人(※)と発表されました。
(※)令和3年度児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果(文部科学省)より
これまでは16〜17万人で高止まりと言われていましたが、このままでは50万人くらいになるという予測もあります。
中学校で言えば全体の3%ですから、1クラスに必ず複数人の不登校生徒がいる計算で、これは大変な事態です。
――フリースクールやネット上の高校などの取組も盛んになっています。
フリースクールなどは年間100万円ほどかかるものもあり、通える子どもは必然的に限られてきますよね。
また、オンラインでもいいという人もいますが、学校や支援の現場で多くの子どもたちと触れ合う中で、私は社会性を養う「体験」においては、身体的接触が絶対的条件とも言えるのではないかと感じています。
身体的接触の中で相手の温かさを感じたり、感情を考慮したりということが起こっていくわけですからね。
支援団体を支援する。貧困対策を「社会運動」へと導くために
――青砥さんの「さいたまユースサポートネット」をはじめ地域の支援団体は、居場所づくりや食事の提供など日常ベースの体験を支援されていますが、そのような方々が非日常体験を提供するのは難しさがあるのではないかと思います。お金の他にも、課題はありますか?
お金と同時に企画力も必要ですよね。企画する前に子どもたち一人ひとりのことをよく知らなくちゃいけない。
学習支援の現場には「机に座ってお勉強」に一番遠い子たちも来ますから、そこまでにいくつかのステップが必要だったりするんですが、子どもがどういう課題を抱えているのかを考慮しながらプログラムをつくっていく力が必要です。
――「全国子どもの貧困・教育支援団体協議会」では、そういった支援団体の支援をされているんですよね。
僕は「さいたまユースサポートネット」で全国の学習支援のモデルをつくってきましたが、子どもの貧困問題というのは、子ども側の課題を研究すると同時に、支援する側の課題を研究しなくては、持続的になりません。
そこができていないという認識を持っていましたので、支援する側の課題を明確にするために2016年に全国の仲間たちと一緒に「全国子どもの貧困・教育支援団体協議会」をつくりました。
――支援する側の課題というのは具体的にどのようなものでしょうか。
全国80ほどの団体が加盟されていますが、お母さんたち数名でつくった団体もあれば、元教員の方々が主導する団体、大学生や院生が友人たちや教員と一緒に作った昔のセツルメントのような活動もあります。
その一方で、大きな予算をかけて子どもの課題に取り組むような団体も増えてきました。
大きな団体は都市部に集中していますが、地方の小さな団体はお金が続かなかったり基盤づくりに悩んでいたりしますので、それを支えることが協議会の大きな役割です。
私自身もいま、北海道の小さな団体を支えていますが、そういったことをやっていかないと社会運動になりません。貧困対策というのは社会運動ですから。
子どもにとって、信頼できる社会をつくる
――「社会運動」というのはどのような意味合いでしょうか?
「社会を変える」ということです。
たとえ貧しくても子どもたちには平等に生きる権利がありますし、その権利が保障された社会であるという自覚がないと、子どもは社会に対する期待を持てません。社会を信頼しません。
ですから、あらゆる子どもの権利をどう守っていくのか、ということが教育において一番肝心なところなんです。
政府や自治体、大きな企業が仕切るという流れの中では、どうしてもこぼれ落ちてしまう当事者がいたりして、格差が拡大してしまう側面がある。
一つひとつの地域社会が子どもの権利を守る力を取り戻し、社会運動として、社会全体で子どもの権利を守っていくことが大事だと考えています。
――効率的なビジネスモデルからはこぼれ落ちてしまう当事者を、地域社会でどのように受け止めるか、という問いですね。
格差というのは人類社会が始まった頃からの問題です。
格差を拡大していくものすごく大きなパワーが世界を覆い尽くしている中で、少しでも地域が子どもたちや家族を支えるということをやっていかないと、どうにもならないのではないかと。
これは団体としてというより、あくまで私個人の考えですが。
「芸術祭に行ってみる」という、子どもにとっての大きな一歩
――私たちが子どもたちと訪れている「大地の芸術祭」は、自然や芸術がテーマとなっています。そのようなものが人の成長に寄与するものはありますか?
たくさんあると思います。音楽や美術など何かを創造するという欲求は人間の根本にあって、人間が何を目指しているのか、その感情や感性を共有する活動です。
自然に対しても、何を働きかけていくか、どう人間の感動をつくっていくか、自然と人間との交流もすごく面白い。
それを時間をかけてつくり上げて、そこにたくさんの人が参加していくというすごい活動ですね。
――アートと自然が媒介となって人をつなぐ、そこから人間関係が生まれるというイメージが持てますね。
自然だったり文化だったり、さまざまな社会共通資本がありますが、そういうものを人間の交流や触れ合いに使っていくということですよね。
「大地の芸術祭」には、自然と芸術、地方のコミュニティといった、人の成長にとって必要な社会共通資本がいっぱいある。子どもたちにとって、かけがえのない体験だと思います。
僕も行きたいくらいですが、やはりここにもお金の問題が浮かび上がりますので、今回のようなプロジェクトはとても意味があると思います。
――ありがとうございます。エールとして受け取りました。
人間の発達の原点に関わる体験格差を解消するためには、お金とともにやる側の諦めない姿勢が大事です。
子どもの意欲を育てることは本当に難しくて、そもそも旅行に行ったことがない子たちも多いので、新しいことにチャレンジするまでにはすごく時間がかかります。
子ども自身が「行ってみる」と決めたことだけで大きな進歩です。やる側は粘り強く、諦めないで関わり続けてほしいですね。
(子どもの体験格差解消プロジェクト 詳細はこちら)
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