民間の政治家?地域を救う事業家? なにわの商人が踏破した「民泊」という獣道
民間の政治家?地域を救う事業家? なにわの商人が踏破した「民泊」という獣道
【提供】EY知恵のプラットフォーム
「地域の人がみんな『どうせ変わらへんやん』って言うんです。だったら俺が東京行って、政治家に話して来たる!って。もう、訳のわからん使命感ですわ」
民泊について定めた日本初(※)の法律、通称「民泊新法」の成立を民間側で推進したキーパーソン、上山(かみやま)康博さんは語る。
訪日外国人の増加や「Airbnb」等の台頭によって、近年注目を集めているのが「民泊」。
しかし、市場の成長に法整備が追いつかず、この民泊新法が成立するまでは、ほとんどの民泊施設が違法状態だったという。
ホテル・旅館や、法律を守る一部の民泊施設が、違法民泊に宿泊客を奪われてしまう。
さらに、違法民泊によってゴミや騒音のトラブルが続出し、住民も被害を被る。
本来なら新たな観光客を生み、地域を救うはずの民泊が、地域を苦しめている。
そんな状況を変えるべく、上山さんは「訳のわからん使命感」を持って民泊新法の成立を目指した。
地方創生の成功事例から、他地域でも応用できる「型」を見出す連続企画。
第3回となる今回のテーマは、政治・行政との付き合い方。
地域でチャレンジをする際、議会や自治体がなかなか協力してくれない、法律や条例がネックになって、思うように取り組みが進まない、と政治や行政の壁にぶつかるケースが多々ある。
冒頭の「どうせ変わらへんやん」というコメントに象徴されるように、政治や行政は、自分たちで変えられるものではないとの印象を持つ人もいるだろう。
しかし上山さんは、適切な問題意識を基に、適切なコミュニケーションの手順を踏めば、法律や条例など既存のルールは変えられる、政治や行政は対話可能な組織だと語る。
民泊新法の成立に寄与し、地域の未来を守った上山さんのプレゼンを基に、各地で成功事例を作り上げてきた7名の先駆者たちが議論を重ねた。
(※)民泊については、「民泊新法」成立以前も、既存の旅館業法や、特例的に認められた「特区民泊」により法規制があったが、実質的には「民泊新法」が一般的に民泊を認めた初の法律となる。
先駆者のみなさんとMCを務める堀潤さん・宮瀬 茉祐子さん(一部先駆者はオンライン参加)
社会主義国家に来たのか
地域で受けた衝撃
民泊新法の成立に携わると聞くと、いわゆる「ロビイスト」的に、日々霞ヶ関や永田町を駆け巡る姿が浮かぶかもしれない。
しかし、上山さんは自らの会社を経営し、日本各地で事業を行う根っからの「事業家」だ。
上山さんはどんな経緯で、民泊の問題に関わることになったのか。
自身のキャリアを振り返るところから、上山さんのプレゼンは始まった。
(上山さん)
上山:僕は大阪生まれ大阪育ち、生粋の関西人で、子どもの頃から「これをやったら儲かるんじゃないか」と、ずっと商売のことを考えていました。
そんな性格でしたから、18歳の時に起業してしまって、そこから20年間色々なビジネスをやってきました。
その中で、もっと大きな事業を作りたい、そのためには既にスケールしたベンチャーから学ぼうと思い立って、40歳から会社員として「修行」に出ました。
45歳で、2社目の修行として「楽天」に入社し、「楽天トラベル」の新規事業担当となりました。
この時、JALさんやJRさんなど、大手交通機関と連携したパッケージ商品の仕組みを作ったり、楽天に「地域振興」という新たな分野を立ち上げたりと、新たな事業をいくつか創りまして、今では、数百億円規模の事業にまで育っているみたいです。
楽天では、新規事業領域の役員までやらせてもらったんですが、そんな楽天時代に色々な地域にお邪魔させてもらって、気づいたことがあります。
なにかと言うと、多くの地域が「どうやって稼ぐのか、儲けを生むのか」について全然考えていない。
子供の頃から稼ぐことばかり考えていた僕からすると衝撃で、言葉を選ばずに言えば、社会主義国家を見ているような気持ちになりました。
自分だったら「稼ぐ」という観点から地域に貢献できるかもと考えて、50歳の時に改めて起業しました。
これが、いまの「百戦錬磨」という会社のスタートです。
百戦錬磨は「明確すぎる移動目的の創造」をミッションに掲げた旅行会社です。
旅行「代理店」ではなく、旅行会社というのがポイントなのですが、両者の違いは端的に言うと「クリエイティビティ」があるかどうか。
旅行代理店って、旅行先に対して、お客さんとの情報格差を利益にする、文字通り「代理」が価値になった仕事です。
この場所に行きたい、という思いをお客さんが持っていて、宿やら交通やら体験やらを全部お客さんが自分で手配するのは大変なので、詳しい業者が代わりに準備しますよ、ということです。
ここにクリエイティビティは必要なくて、必要なのは利便性です。
一方で、僕たち旅行会社は、既にある需要を「満たす」のではなく、新たな需要を「創造する」、つまりお客さんがその場所に行きたいと思う理由作りから関与します。
例えば「このお城、泊まれるようにしました」とか「このお寺に泊まれます」と言われたら、この町は知らなかったけど、だったら行きたいな、と思う人もいるかもしれません。
クリエイティビティを活かして、人がこの場所に行きたいと思う「目的の創造」をしたい、こんな考えの中で僕は「民泊」にもチャレンジしたわけですね。
(百戦錬磨が運営する民泊サイト「STAY JAPAN」)
なぜ違法民泊が蔓延するのか
答えは法律に
上山:ところが、民泊を事業にしようと思うと、法的な壁が思った以上に高い。
お金を貰って人を宿泊させるので、ホテルや旅館と同水準の「旅館業法」という法律をクリアしないといけないんです。
例えば、ホテルに泊まると、皆さんフロントで住所やら名前やらを書かされますが、あれは「玄関帳場」といって、旅館業法で定められたルールです。
もとは感染症対策のために生まれたルールですが、じゃあ民泊も旅館業法を守るためには、フロントを置いて、チェックインの時に名前を書いて、となります。
すると「今は東京に住んでいて、実家の一軒家は誰もいないから泊まって欲しい」みたいな活用の仕方はできなくなりますよね。
利用者からしても、せっかく田舎の一軒家に泊まれるのに、フロントがあって、知らない人がいる、となるのは残念です。
旅館業法は、70年ほど前、民泊などない頃に作られた法律ですから、この他にも民泊がクリアするには現実的に難しいよな、という規制がいくつかありました。
そのため、僕らが内閣府さんに提案をさせてもらって、2015年から「特区民泊」という制度が始まりました。
旅館業法ほど厳しい規制をクリアせずとも、一定の条件を満たせば民泊を認める、というものです。
ただ、この特区民泊も対象エリアが限られていたり、2泊3日以上の滞在が必須だったりと規定がありましたので、全国どこでも、一般的な部屋で民泊がOK、という状態ではありませんでした。
民泊のニーズはある、でも法律のハードルが高い、となったわけですね。
結果、旅館業法も特区民泊もクリアしていない違法な民泊、いわゆる「闇民泊」が蔓延しました。
僕らの事業は、合法な民泊のみを取り扱っていたので、闇民泊にお客さんを取られた被害者といえば被害者なのですが、何よりの被害者は地域でした。
自分はルールを守って民泊をやっていないのに、隣の家は闇民泊をやっていたら、地域に軋轢が生まれますよね。
また、地域の旅館やホテルからすると闇民泊にお客さんを奪われてしまうのは腹立たしい。各地で色々な話を聞いて、とにかく、闇民泊は地域と共生しないとわかってきた。
ちゃんとしたルールが無いところに、ちゃんとした市場は出来ませんから、これは長い目で見た時に民泊市場にも良いこと無いぞ、なんとかせんとあかんなと思ったわけです。
法律を変えたかったら政治家に相談
の落とし穴
「闇民泊」が地域を苦しめている現実に気づいた上山さんは、既存の「旅館業法」「特区民泊」ではない、新たな民泊のルールづくりに向けて動き始めた。
上山:民泊に限らず、何か既存の法律を変えたり、新しい法律を作ろうと思ったりすると、まず政治家の先生に話をしようと思うかもしれません。ただ、私は違います。
最初に、関係者を整理するんですよ。
民泊の場合、宿泊業界・官僚・政治家・市民の4者が主な関係者になってくる。
で、どの関係者と最初に話すと、目的が達成されやすいのかを考えるわけです。
今回は、まず宿泊業界にアプローチする必要がありました。
というのは、闇民泊が蔓延していた当時、宿泊業界が一枚岩では無かったんですよね。
宿泊業界と言っても、旅館やホテルのような既存の宿泊施設もあれば、民泊寄りの施設もある。
極端なことを言えば、ホテル業界には、「このまま民泊なんて無くなってしまえ」と思っている人もいるわけです。
同じ宿泊業界とはいえ、決して仲良しではないので、まずは業界側で「色々意見はあるけど、闇民泊はダメだよな」という共通認識を作らないといけない。
ですから、宿泊業界の関係者を一人ずつまわっていって、意見を聞きながら、徐々に「今度業界の皆さんで勉強会するんで、どうですか」みたいに、民泊への議論を広げていくわけです。
民泊新法が成立した後に、オンライン旅行の事業者をほぼ全部集めて、「住宅宿泊協会」を立ち上げたり、地域側で民泊や農泊にチャレンジする事業者を集めて「日本ファームステイ協会」を立ち上げたり、いわゆる「業界団体」を新たに作ったのも、理由は同じです。
とにかく業界内で色々と意見の違いはあれど、みんなで意見交換ができる場所をつくって、みんなが一枚岩になれるところは一枚岩になれるようにしよう、という狙いです。
業界がまとまりつつあるな、というタイミングで、次は官僚の方々と業界を繋げようと動きました。
今回の場合、旅館業法がすごく難しくて、ほとんどの官僚は、「闇民泊と言われても、何が法律のどこに違反しているかわからない」という状態でした。
であれば、旅館業法をちゃんと説明して、正しく理解してもらうということで、「これが闇民泊です、法律のここを変えないと、闇民泊が減っていきません」とお伝えする場をたくさん作りました。
報道なんかを見ていると、なんとなく官僚ってずるい特権階級みたいな印象をお持ちになる方もいるかもしれませんが、僕の印象は全く違います。
多くの官僚は社会を良くしたいと思って日々働いていますし、ちゃんと議論して腹落ちをしてくれたら、「ここを整理してから政治家の先生に持っていくといいですね」と協力してくれます。
業界団体、官僚ときたら、次は市民の皆さんにも問題を知ってもらおう、と考え始めます。
今回重要だったのは、実は先ほどから登場している「闇民泊」という言葉。
これ、実は僕が作った言葉なんですよ。
多くの人はメディアを通して問題を知るわけですから、メディアの人が使いたくなるような言葉を使って、メディアの露出量を増やさないといけない。
取材のたびに闇民泊、闇民泊と言いまくったわけです。
僕も民泊の事業をやってますから、闇民泊なんて言葉が流行って、民泊そのもののイメージが下がったら困るんですよ。
困るんですけれども、それ以上に闇民泊の現状を多くの人に知ってもらわないといけない。
僕は「焦土化作戦」と呼んで、もう民泊の印象ごと悪くなったとしても、闇民泊の問題を届けなあかん、という気持ちでメディアに出ていました。
(先駆者の皆さん 左から上山さん、竹本さん、古田さん)
政策立案はプロレスじゃない
政治家との対話で心掛けたこと
上山:最後はいよいよ、政治家の先生たちとどうやって話をしていくのか、となるわけですが。
皆さん、何となく政治家とのやりとりって、密室で二人きり、こっそり話すようなイメージがあるかもしれません。
もちろん、個別にお話もさせていただきますが、僕はそれ以上に「平場」で言い続けるのが重要だと思っています。
例えば、民泊を考える政治家の勉強会とか、党の部会とかに呼ばれて話す時には、いろいろな意見を持つ先生方が聞いていらっしゃるわけです。
でも、僕はどこでも、誰が聞いていても、「闇民泊をやめよう」と同じことを言い続ける。
参議院の法案審議で参考人招致をされた時も、最後に「皆さん!」って大きい声を出して、「これだけは聞いてください!違法物件を掲載してる業者には絶対に民泊の免許を与えないでください」と叫ばせてもらったんですね。
こんなことを各所でやっていると、当然、異なる意見を持つ先生方から、「あいつ…」みたいな顔をされたり、色々と言われたりすることもあります。
ですが、その圧に負けて裏でコソコソやったり、言うことを変えたりしない。
平場で同じ意見を言い続けると、先生方にも、周囲の関係者にも「こいつ、忖度せーへんな」と思われるわけです。
物事は最終的に平場で決まるわけですよ。
関係者全員に事前に話をつけて、平場で事を荒立てずとも予定調和で法律が変われば話は簡単ですが、そうはいかない。
筋書きがあって、その通りに物事が動く「プロレス」じゃない、むしろ「リアルファイト」。みんなが見ていて、公正に物事が決まる「平場」を大切にしていますね。
逆に言うと、平場で戦えるほどの「正しさ」が自分の主張にないといけない。
世の中の原理原則を考えたら、闇民泊が市場を席巻してるのはおかしいでしょうと。
おかしいから、僕はここを変えないといけないと思うんです、と表も裏もなく、相手も関係なく言い続ける。
その結果、共感してくれる仲間が業界にも、官僚にも、政治家にも増えていくわけです。
(当時の菅官房長官と民泊新法について議論する上山さん)
根っからの商売人が
政策立案に奔走する理由
上山さんは自身を「民間の政治家」と表現する。
ロビイストではなく、あくまで事業家として、自身の事業を持ちながら、この民泊新法の施行に尽力してきた。政策立案と事業との繋がりを、どのように考えているのだろうか。
上山:民泊新法を作るにあたって、もちろん、百戦錬磨の社業のことも考えてないわけじゃ無いですよ。民泊市場が健全化されて、大きくなっていくことは、百戦錬磨にとってもポジティブですから。
ただ、あくまで「風が吹けば桶屋が儲かる」くらいで、結果的に百戦錬磨「にも」良いことがある、程度です。
政治家の先生方にはよく「君は商売が下手ね」と言われますが、これは最高の名誉だと思っています。
政治家の先生が接する民間人はみんな自分の商売のために、これを変えてくれとか、この法律を作ってくれ、とか言ってるって意味ですから。
お前は民間の商売人なのに、いつも世の中の道理を考えたらこれが必要やんって話ばかりしてるなと、これは僕にとって褒め言葉ですよ。
社員にも、「上山さん、民泊新法のために頑張るのもいいけど、もう社業の領域を超えてますよ」ってよう言われました。僕もそうやと思います。
ただ、会社っていうのはね、世の中に必要とされたら、必ず売り上げになるんですよ。
だから、社員には「お客さんに、世の中に必要と思ってもらうんや、お前らが頑張るんや」と言ってました。
もちろん、僕がベンチャー修行をして改めて起業したのは、大きなビジネスを作りたいからです。
実際、創業から数十億円って単位で資金調達もしてきました。
実は、この民泊領域を含めて色々と試したいアイデアがあって、もう全部使い切ってしまったので、また集めないといけないんですが。(笑)
なので、事業のことはどうでもいいから、民泊新法を作るぞ、と動いてるわけではないんですよ。
ただ、今日プレゼンをしながら「このおっさん何してんねん」「なんでここまでやんねん」と自分のことながら思いました。
うまく説明できないんですが、「訳のわからん使命感」みたいなやつが自分の中にあって、民泊で地域が苦しんでいる姿を見ているうちに、使命感に火がついたんやろうなと思います。
どうやったら政治家に呼ばれるのか
大事にした「積み重ね」
上山さんの「訳のわからない使命感」によって、民泊のルールを定めた「民泊新法」が2017年に成立。
翌年18年の施行以来、「闇民泊」問題は緩和され、市場は健全化されたという。
地域を救うため、国や法律と向き合い成果を残した上山さんのプレゼンを受け、先駆者たちは「政治・行政との関わり方」をテーマに議論を重ねた。
口火を切ったのはリディラバ代表の安部敏樹さん。
自身も、社会課題の現場を知ってもらうスタディツアーを届けてきた「旅行業者」として、上山さんの取り組みを次のように語る。
(安部さん)
安部:純粋に、日本社会にとって本当にありがたいなと思いました。
と言うのは、僕らも当事者として実感してるんですが、この旅行周りの法律って本当に難しい。
何が難しいかと言うと、プレゼンでも登場した「旅館業法」が公衆衛生の観点からできた法律で、もうひとつ、「旅行業法」が消費者保護の観点から存在していて。
しかも、前者は厚労省管轄、後者は観光庁管轄と、担当省庁もまたがっている。
この複雑で難しい領域で、「民泊」を健全化しよう、ちゃんとルールを決めよう、とやり切るのはめちゃくちゃ労力が必要だったはず。
で、法整備がなされた結果、その労力に見合うリターンを、百戦錬磨が単独で得られるかと考えると、本人の言う通りNOだと思います。
民泊の適正化に走り回ったところで、じゃあみんな「民泊は百戦錬磨を使おう」とはならないですから。
あくまで、闇民泊で苦しむ地域や業界のためにやっていて、我田引水のためのロビーイングではない。これはもう、ただただ偉いな、という気持ちです。
岡山県西粟倉村をフィールドに「ローカルベンチャー」の概念を広めた、エーゼロの牧大介さんが、意見を重ねる。
牧:先ほど、自ら業界団体を立ち上げられたお話がありましたが、正直なところ僕は今まで、業界団体にアレルギーがありました。
何か地域で新しいチャレンジをしようとする時、潰しにくるのが業界団体だ、みたいなイメージがあって。
上山さんの話を聞いて「市場創造型」の業界団体って作れるんだと驚きました。
僕自身も、「業界団体、なんとなく嫌だな」みたいな嫌悪感を捨てて、何か仕掛けていく時に自ら業界団体をポジティブに意識してみようと感じました。
先駆者の注目は、上山さんの純粋な思いから、思いを実現するにあたっての緻密な「作法」へと移っていく。
日本初の投資信託評価会社「ソフィアバンク」を立ち上げ、各界のリーダーたちと対峙してきた藤沢久美さんは次のように語る。
(オンラインにて参加した藤沢さん)
藤沢:私も様々な業界のリーダーの方々とお話する中で、どうしても政策に関わらないと変わらないこともあるんだなと実感して、自分自身でも色々と政策領域で頑張ってみたんですが、ちょっと自分には難しいなと思ったんですね。
関係者とのコミュニケーションは本当に繊細さが必要で。一生懸命になりすぎて、特定の色がついてしまったり、誰の味方だ、誰の敵だ、みたいな評判になると、いくら信念があって、正論だったとしても、何も動かせなくなってしまう。
上山さんからは、信念の強さに加えて、コミュニケーションの繊細さが伝わってくるんですよね。
第一回のプレゼンで登場した、Umari代表の古田秘馬さんも、上山さんのコミュニケーション作法に着目する。
古田:上山さんがある市長と話している映像を見た時に、気づいたことがあって。
上山さん、市長と話す時、市長の対面ではなくて隣に座りましたよね。
僕も意識して、隣に座るようにしているんですが、座る場所が隣か対面かで、場の雰囲気って全然変わります。
こういった、細かい配慮を無数にされている、さすがだなと思いました。
上山:やっぱり対面すると対立の関係っぽくなりますけど、横になると「同じ側にいますよ」ってメッセージになりますよね。
座る位置の話で思い出したんですが、政治家の先生たちの会合とか、業界団体の集まりとか、関係者がたくさん集まる場があります。
ここで僕が必ずやること、誰でもできる仕事がひとつあるんですよ。
それは、一番前に座って、ちゃんと人の話を聞くことです。
集まりに行っても、多くの人はなんとなく真ん中や後ろの方に座ります。
確かに、前に座るのは緊張感があります。
ただ、なぜその集まりに行くのか。それは民泊新法を作りたい、という目的があるからですよね。
前に座って、熱心に話を聞いて、相手に覚えてもらうのが目的に利するなら、絶対にやらなあかんなと思うわけです。
この1回1回をきちんと積み重ねることで、僕は衆議院の会議だったり、色々な場所で意見を求められるようになったんだと思います。
対抗勢力との戦い
勝つためには「戦わない」
政界や業界団体とのコミュニケーションには、上山さんの緻密なこだわりが詰まっていた。
とはいえ、政策立案には対抗勢力がいるケースも多々ある。
議論は最終的に、「どうやって勝ち切るのか」というテーマへと向かう。
安部:色々なケースを整理すると、望む政策を実現するためには、3つくらい必要な条件があるなと感じています。
第一に、「理想論者の事務屋」をチームに組み込めるか。
政策を提言して実現に至るまでは、表で走り回って人と会って、という仕事に加えて、裏で地道な作業を積み重ねる事務的な仕事もかなり必要になります。
この、事務を推進してくれる人と、仕事的な繋がりではなく、同じ理想を共に実現する仲間として繋がれるのかが重要です。
第二に、「話を乱す人」を御する力があるか。
政策を立案して実行していく中で、やっぱり色々な人が話を乱してくるんです。
対抗勢力の人はもちろん、推進側だった人も「やっぱり…」とか「これはちょっと…」みたいになって、足並みが乱れてしまう。
そんな時に、ここは威圧的にいこう、ここは甘く優しくいこう、と相手と状況に応じてうまくコミュニケーションを取れる力がチーム内にあることが重要です。
そして最後、第三には、政策が実現した時に「滑らせない」か。
政策を推進する官僚や政治家の立場からすると、いざ法律や制度ができて、実行しますとなった時に成果が出ない、つまり「失敗作」になるのが一番怖いんです。
じゃあ政策が滑らないために何が必要かというと、具体的に政策を実行してくれるプレイヤーを揃えておいて、「法律や制度を作ってくれたら、この人たち、この企業が担い手になってくれますよ」という状態を作ることです。
古田:確かに。僕は、自分で実績を作るアプローチをよくやります。
僕の回のプレゼンでお話した三豊市のケースでも、地域で色々な人と話す中で、これは先に具体的な成功例を作ったほうが早いなと思い、「UDON HOUSE」という宿泊体験施設を作りました。
すると、その姿を見てみんな「古田が色々言ってたのはこういうことか」と納得してくれました。
小さくてもいいので、先に成功事例を作ってしまうのもいいかもしれません。
上山:民泊新法がスタートする前に、僕たちが内閣府さんに提案して「特区民泊」という制度を作りました。
一定の条件下で特別に民泊をOKにしたんですが、まさにその時は担い手の問題があって、自治体の多くが「そんなややこしいこと、せんとこうや」という感じでした。
なので、東京都の大田区と大阪府に手をあげてもらったところ、そこから一気に利用自治体が拡大していきました。
確かに、政策ができるまでをゴールにするのではなく、その後の成功まで見据えて、担い手を用意しておくのは重要ですね。
ここで、現役の官僚の立場から、デジタル庁統括官の村上敬亮さんが、官僚側の視点を語る。
(村上さん)
村上:官僚の立場からも同じ景色が見えます。
いまの官僚たちを見ていると、政策を議論してまとめるまでは皆できますが、その先に、実行できるプレイヤーとの繋がりがある人と、誰が実行するかまではわかりませんという人と、二極化が進んでいる印象です。
もちろん、官僚と民間で癒着的な関係性があってはならないので、コンプライアンスを守った上で、官僚が実行者と繋がりを持てるか。
ここが良い政策を実現する力に直結している気がします。
安部:多くの官僚は自分の政策で滑りたくないので、実行者として成果を残せるプレイヤーをチームに組み込むのが大事ですね。
「理想論者の事務屋」「乱す人を御する力」「滑らせないための実行者」、これらを上山さんは持っていたんだなあと思いました。
一方で思うのは、この3要素って、我田引水を目論む対抗勢力も同じように持っているケースが多いわけです。
必要な要素は両陣営共に持っている時に、最後の最後で、勝敗を分けるのはなんなんだろう、と考えていました。
上山:僕はいつも、対抗勢力とバトルしない、対立構造を深めないように意識しています。
もちろんいるんですよ、対抗勢力は。
ただ、先ほども言いましたように僕は、どこでも忖度せず「平場」で議論するので、対抗勢力の方々は、僕のことを「厄介だな」と嫌がって、僕から逃げつつ戦うようなケースが多いです。
そうなった時、逃げる対抗勢力を倒すぞ!と考えるのではなくて、自分たちがやるべきことをやる、対抗勢力は戦う相手じゃないと思うことが大事だなと思います。
村上:付け加えると、対抗勢力と戦う必要はないんですが、対抗勢力をスピードで上回るのはとても大事です。
例えば、この人が大事だというキーパーソンがいたとします。
このキーパーソンと、さらにその人が重用している周囲の何人かをリストアップして、その人たちに対抗勢力よりも早く話を持っていく。このスピード感が、勝ち切る秘策のひとつだと思います。
ここまで、「民泊新法」の事例を入り口に、地域を良くするために必要な「政治・行政との向き合い方」を議論してきた。
最後に、上山さんは自身の役割をこのように語った。
上山:僕は色々な地域で活動をさせてもらって、どの地域にも愛があります。
ただ、ひとつの地域にずっと居るわけではないし、地域の人たちと接すると、僕よりもずっと地域に愛着を持って、何かしたいと思っている人がいるわけです。
彼ら・彼女らがみんな口を揃えて「やりたいけど、どうせ無理だ」って言うんです。
なぜなら、みんながやりたいと思っているアイデアって、どうしても国とか自治体とか、パブリックの協力が無いとできないものが多い。
「どうせ無理だ」と言われて話を聞いていると、それは今の制度が間違ってて、あんたの言うことが合ってるやん、って思うことがたくさんある。
「だったら俺が東京行って、政治家に話して来たる」ってなっちゃうんですよ。大きなお世話なんですけど。(笑)
地域を愛してる人が、法律やら仕組みやらの壁にぶつからず、まっすぐ地域への愛を表現できるようにするのが、僕の役割だと思っています。
我田引水ではなく、純粋に地域を良くしたいとの思いから「民泊新法」の施行に向けて奔走した上山さん。
ただ、思いだけで法律は出来上がらない。
「すぐ政治家に話すのではなく、関係者を整理して順番にアプローチする」
「議論は平場で行う、密室で決め切ろうとしない」
「大勢が集まる場では、一番前に座って真剣に話を聞く」
「1対1で議論する時には、相手の向かいではなく隣に座る」
実現にあたっては、緻密なコミュニケーションの積み重ねが大きな役割を果たしていた。
地域を良くするためには、自治体や議会など「政治・行政」と向き合わざるを得ない瞬間が訪れる。
政治・行政との対話は、地域の担い手であれば誰しも必要な能力であり、誰でも使える具体的なノウハウがあることが、先駆者たちの議論から見えてきた。
より深い先駆者の議論はこちらの特設ページからご覧ください。
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