2050年、海に漂うプラスチックごみの量は、世界の海中
2050年、海に漂うプラスチックごみの量は、世界の海中の魚を合わせた量を上回るとも試算されている。そうした海洋汚染問題の主な原因は、私たちが大量消費しているプラスチックごみです。リサイクルされていると思われていた資源は、実は「循環」していないという現実も。プラスチックがごみになった「その後」を構造的に考えます。
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提供:株式会社放電精密加工研究所
「いち企業や自治体の取り組みが、日本全体の成功事例として拡がっていく可能性は十分に考えられます」
廃棄物処理・リサイクルの専門雑誌『週刊循環経済新聞』の記者として、廃プラスチックにまつわる取材を行ってきた中西康文さんは、プラスチック資源循環の課題解決の糸口を、このように語った。
リディラバジャーナル、今回のテーマは「プラスチック資源循環」
前編では、「プラスチック資源循環の現在地」をテーマに、3Rそれぞれの観点から、日本の廃プラスチック事情を明らかにした。
後編では、「プラスチック資源循環の未来」をテーマに、国や自治体、事業者がどのような動きを見せているのか、そして、前編で紹介した大きな課題「分別」と「物流」のコストに対して、どのような解決策があるのかを探る。
「引くに引けない」
日本が国際社会に掲げた目標
プラスチック資源循環を含め、脱炭素社会の実現に向けては、政策や法整備など、国の方針が各自治体や事業者の動きに大きな影響を与える。
国はどのような未来を見据え、資源循環の問題に取り組んでいるのか。
2020年に当時の内閣総理大臣、菅義偉氏が行った所信表明演説では、次のような発言がなされた。
「2050年までに、温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、すなわち2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指す」
また、2019年に行われた「G20大阪サミット」では、2050年までに海洋プラスチックごみによる新たな汚染ゼロを目指す「大阪ブルー・オーシャン・ビジョン」を各国の首脳に向けて発信した。
このように、日本政府は近年、環境問題に対して明確な目標を定め、国際社会に発信し、様々な政策を行っている。
その一環として、廃プラスチックに焦点を当てた法律「プラスチックに係る資源循環の促進等に関する法律」通称「プラ新法」が2022年の4月から施行された。
中西さんは、近年の国の動きを次のように語る。
(『月間廃棄物』編集部 中西さん)
「『プラ新法』の大きな特徴は、国際社会に向けた宣言との一貫性です。
これまでも、環境問題に向けて様々な法律や政策を打ち出してきましたが、国際社会に向けて『日本はこの問題に対して、具体的にこのような戦略や法整備を整えて、取り組みます』と宣言をして、政策を推進したケースは多くありません。
数値目標の設定も含めて、ある意味『引くに引けない』状況を作り出し、前のめりに政策を進めていくスタンスは、素晴らしいと思います」
積極的に資源循環・脱炭素の問題に取り組む姿勢を中西さんは評価する。
一方で、中西さんは具体的な政策の内容について、「現場の反応を見ているともどかしい気持ちになる」とも語る。
国はどのような方針の下で、プラスチック資源循環の問題に取り組もうとしているのか、
プラ新法のポイントを抜粋して紹介する。
3Rが3R+1に
プラ新法に込められたメッセージ
「プラ新法」ポイント①:3Rに新たなRが加わる
プラ新法では、資源循環のキーワード「3R」(Reduce:減らす、Reuse:再利用、Recycle:再生利用)に、4つめのR「Renewable(再生可能)」を加えている。
この「Renewable」の意味を、中西さんは次のように語る。
「4つめのR『Renewable』は、資源循環のスタート地点、製品を作る段階でその製品が使われた後のことを考えましょう、ということです。
これまでの3Rでは、廃棄物になる量を減らしましょう、再使用しましょう、最後は単純な処分ではなくリサイクル等の有効活用をしましょう、という考えでした。
ただ、製品によっては、作られて捨てられた後にどんな努力をしてもリサイクルができないものが非常に多い。
既に作られた製品をどうやって再利用・リサイクルしよう、ではなく、リサイクルできるように作ってね、という製品を作る側へのメッセージになります」
(国が掲げる指針 プラスチック資源循環促進法普及啓発サイトより)
「プラ新法」ポイント②:市区町村で回収したプラスチックがリサイクルされやすくなる
プラスチックをはじめ、ごみは大きく「一般廃棄物」と「産業廃棄物」にわけられる。
家庭等から出されるごみは「一般廃棄物」として、市区町村が処理をすることに、事業者から出されるごみは「産業廃棄物」として事業者自らが処理をすることとなっている。(※)
(※一般廃棄物には一部「事業系一般廃棄物」という区分があり、必ずしも家庭=一般廃棄物、事業者=産業廃棄物となるわけではない)
一般廃棄物の処理を担う市区町村に対して、プラ新法では新たな方針を打ち出している。
中西さんは次のように語る。
「家庭等から出る『一般廃棄物』に関しては、焼却や埋立処分をするのか、リサイクル等有効利用をするのか、処理の方法は市区町村の裁量になっています。
国として、単純な処理処分よりもリサイクルを推進するために、『容器包装リサイクル法』という法律を作りました。
この法律により、ペットボトルやプラスチック容器包装など特定の品目について、市区町村が分別回収と選別保管を行い、リサイクル事業者にリサイクルを委託する仕組みを構築しました。
つまり、ペットボトルやプラスチック容器包装は、他のごみとは分別して出せばリサイクルがされる、というものです。
しかし、この仕組みで対象とされる製品には限りがあり、プラスチック製品でも、焼却・埋立処分されるものが数多く存在します。
今回のプラ新法では、特定の品目に限定されていた製品が、より幅広いプラスチック製品に拡大されて、分別して出せばリサイクルされる製品が増加するのです」
プラ新法によって、家庭等から出る廃プラスチックが、リサイクルされやすくなったといえるのだ。
(国が掲げる指針 プラスチック資源循環促進法普及啓発サイトより)
プラ新法に透けて見える「依存心」
プラ新法における2つのポイントを紹介したが、いずれもプラスチック資源循環に貢献する政策のように見える。
しかし、中西さんはプラ新法が抱える課題を次のように指摘する。
「企業の立場から考えると、少しでも製品を安く、良質に作れるように長年研究を重ねて、今の製造ラインを作り上げていますよね。
国から、リサイクルしやすい製品を作ってねと言われて、長年蓄積してきた製造ラインの仕組みを新たに作り替える企業・製品がどれくらいあるのか、という話だと思います。
国が何か商品を調達する時には『Renewable』に対応した製品を優先するなど、経済的インセンティブは多少存在しますが、製造ラインを刷新するに見合うかは未知数です。
市区町村の品目拡大に関しても同様で、国は分別回収・リサイクルを推奨し、経済的なインセンティブは用意していますが、最終的には市区町村の判断になります。
例えば北海道の室蘭市の事例が象徴的です。
室蘭市は、リサイクル可能なプラスチックごみを、資源ごみとして回収していましたが、今年の4月からその制度を変えて、全て燃えるごみとして回収することになりました。
理由は財政難でリサイクルの費用を捻出できない、とのことです。
このような事例からは、リサイクルが抱えるコストの問題を認識せざるを得ません」
東京都・千葉県でプラスチックのリサイクル工場等を経営し、廃プラスチック問題に詳しいサイクラーズ株式会社の福田隆代表取締役は、プラスチック資源循環をめぐる国の動きについて、次のように語る。
(サイクラーズ株式会社 福田隆代表取締役)
「前編でもお話しましたが、プラスチック資源循環においては、分別と物流のコストが非常に大きく、企業がやるにせよ、自治体がやるにせよ、資源循環を推進しようとすると赤字となってしまう点が最大の課題です。
分別と物流のコスト問題を乗り越えて、資源循環が『やるべき』から『やる方が合理的』との方向にシフトしていくのが、国の役割だと思います」
国は国際社会に向けて環境問題への取り組みを宣言し、前向きに様々な政策を打ち出しているが、政策が実現されるかは、現時点では市区町村や企業の力に依存していると言える。
多くの市区町村、企業が負担なくプラスチック資源循環に参加できるような、新たなインセンティブ設計が行われるかが、今後の政策実現のポイントとなる。
物流コストを乗り越える
ヒントは欧州に
ここまで、今後のプラスチック資源循環の行方を左右する大きな要素として、国の政策を見てきた。
国も明確な解決策を持っているわけではない分別と物流コストの問題を、どのようにして乗り越えたらよいのだろうか。
最後に、いくつかの可能性を紹介する。
第一の可能性は「ごみ収集モデルの抜本的見直し」だ。
日本では、家庭や事業所など、ごみが発生した場所で分別を行い、分別されたごみを種類別に収集するシステムとなっている。
しかし、欧州の一部では異なるシステムでごみ収集がされていると、中西さんは語る。
「欧州の一部の国では、家庭系のごみは生ごみ以外ほとんど分別せずに捨てられて、全てまとめて大規模な『ソーティングセンター』と呼ばれる分別専用の施設に運ばれます。
その『ソーティングセンター』で、機械を中心的な手段としてごみを分別していきます。
この欧州モデルは、日本のモデルに比べて、物流や分別のコストが抑えられることになります。
そのため、日本のプラスチック関連産業などからもソーティングセンターを作り、欧州型の収集システムに転換してほしい、という声を耳にします」
日本モデルでは、燃えるごみ、燃えないごみ、資源ごみなど、ごみを分別してから収集する。
そのため、1回あたりの収集量が少なくなり、収集回数が多くなる。
一方の欧州モデルは、分別を最小限にとどめ、まとめて収集を行う。
そのため、1回あたりの収集量が多く、収集回数は少なくなり、日本モデルに比べて物流コストが抑えられるのだ。
(リサイクルと非リサイクルのひとつずつのみが置かれた『欧州型』モデルのゴミ箱)
福田さんは、ごみ収集モデルの見直しについて次のように語る。
「欧米型の収集モデルでは、確かに物流コストを低く抑えられます。
一方、全部のごみが混ざった状態から分別をすることになるので、分別の質は低下し、リサイクル率の低下をもたらします。
欧米モデルの物流コスト減と、日本モデルの良質な分別をハイブリットさせたような形で、日本に最適なごみ収集モデルについて検討する価値は大いにあると思います」
家庭等でごみを分別するという根本的な仕組みを問い直すことで、分別と物流コストの問題を乗り越えた資源循環が実現できるかもしれないのだ。
第二の可能性は、「マテリアルリサイクル・ケミカルリサイクルへの直接的な補助」だ。
(リサイクルの種類については前編を参照)
中西さんは次のように語る。
「現状はコストの問題から、マテリアルリサイクル・ケミカルリサイクルを行っても、価格が割高で売り先が無く、市場が生まれづらい状態です。
であれば、単純にリサイクルによって割高になった分を政府が補助すれば、これらのリサイクルは採算が見込めるようになり、市場が拡大していくはずです。
政府の財政事情もありますし、市場価格を変えて、既存のマーケットのバランスを崩すことになるので、他業種からの反発もあるでしょう。
実現に向けては困難が多数あるのは間違いないですが、理論上は最も資源循環を推進できる打ち手に思えます。
何にしても、政策による経済的なインセンティブ設計は、より最適化できるはずです」
地道な努力が生んだ、日本の成功事例
第三の可能性は、「現場起点でのイノベーション創出」だ。
第一・第二の可能性はいずれも、国主導によるトップダウンでの改革が必要になるが、現場主導でボトムアップでの解決策にも可能性がある。
中西さんは次のように語る。
「日本のプラスチック資源循環で最も大きな成功を収めたのは、『ペットボトル』です。
家庭系のごみ回収拠点を見ると、ペットボトルは分別されていることが多く、かつ常に一定量の排出があるため、分別と物流コストの問題を乗り越えて、高いリサイクル率を実現できました。
ペットボトルからペットボトルを作り直す『ボトルtoボトル』の動きは、今でこそ主流となっていますが、この仕組みは、政府が主導したわけではありません。
事業者である飲料メーカーと、協力したリサイクル企業が、地道な努力を重ねて実現したものです。
このように、いち企業や市町村の取り組みが、日本全体での成功事例として拡がっていく可能性は十分に考えられます。
最近では、企業や自治体が、プラスチック資源循環に向けて独自の取り組みを推進する事例が増えてきました。
『第二のペットボトル』と言うと大袈裟ですが、現場起点でのイノベーションが生まれることを期待しています」
中西さんが語る「独自の取り組み」として、神奈川県鎌倉市の「鎌倉リサイクリエーションプラス しげんポスト」の例を紹介する。
鎌倉市は、2018年より独自に「かまくらプラごみゼロ宣言」を打ち出して、資源循環に取り組んできた、先進自治体のひとつである。
「しげんポスト」は、2022年の7月より鎌倉市・慶應義塾大学・大手日用品メーカー等が共同で開始した、新たな資源循環の取り組みだ。
シャンプーや洗剤、スキンケア用品などのつめかえパックを市内各所にある「ポスト」に持っていくことで、鎌倉市内で使える地域通貨が貰える仕組みとなっており、集められたつめかえパックは、リサイクルされて再びパックに生まれ変わるなど、再び資源として活用される。
この「しげんポスト」の取り組みについて、市で事業を推進する、ごみ減量対策課の担当職員は次のように語る。
「鎌倉市として、資源循環を活性化させようと様々な取り組みを重ねて、市のリサイクル率は人口10万人以上の都市の中では日本一になりました。
ただ、私たちとしては『単にリサイクル率が高ければいいのか』と考えました。
同じリサイクルでも、リサイクルされた物がどこでどのように活用されるのかが見えないリサイクルと、住民が自ら参加して市内に還元されることで見える化されるリサイクルでは価値が違うのではないか。
市民が関わることで、市民の生活が豊かになっていく、『プラスチック地捨地消』を目指して、慶應義塾大学さんや複数の企業さんと模索する中で、しげんポストの取り組みが生まれました。
しげんポストによってリサイクルされる資源の量は、市全体の廃プラスチック量を考えると、微々たるものです。
ただ、市民のみなさんにごみの問題を考えてもらうきっかけになったり、地域内で資源を循環させる担い手になってもらったりと、『市民主体』で資源循環に取り組むことを、何よりの目標にしています。
今後、回収品目を増やしたり、対象エリアを鎌倉の外に広げていったりと、インパクトを大きくしていきたいと思っています」
しげんポストのように、既存のごみ収集システムの枠組みの外で個別に回収を行い、リサイクルを行う取り組みは「独自プラットフォーム」と呼ばれる。
他にも、衣類メーカー主導で衣類を回収する仕組みなど、近年では様々な領域・地域で独自プラットフォームが生まれている。
独自プラットフォームの取り組みについて、福田さんは次のように語る。
「独自プラットフォームの未来は、各プラットフォームが乱立するのか、統合されていくのかによって大きく変わると思っています。
利用者の立場からしても、プラットフォームが乱立すると『この詰め替え容器はスーパーの回収ボックスに』『この衣類は市役所の回収ボックスに』と分別が面倒になります。
事業者の立場からしても、プラットフォームが乱立すると、それぞれの物量が減って、物流コストが割高になります。
資源循環に参入するプレイヤーが増えること自体はポジティブなので、各プレイヤーの連携を深めて、協力して取り組める体制が必要かなと思います」
プラスチック資源循環は技術・コスト・政策など様々な要素が絡みあい、「リサイクルを推進すればいい」「私たちがごみを分別すればいい」と単純な解決策があるわけではない。
今回は「ごみ収集モデルの抜本的見直し」「マテリアル・ケミカルリサイクルへの直接的な補助」「現場起点でのイノベーション創出」といった解決の方向性を挙げたが、いずれにせよ、乗り越えるべき課題は、分別・物流コストの圧縮といえる。
プラスチック大量消費国であり、リサイクル率実質10%台と、日本の資源循環にはまだまだ多くの課題が残っている。
しかし、国・自治体・企業が協力を重ね、分別・物流コストの壁を乗り越えた先には、プラスチック資源循環先進国として、国際社会をリードする日本の姿があるかもしれない。
株式会社放電精密加工研究所は、混合溶融技術を用いて従来リサイクルできなかったプラスチック製品のマテリアルリサイクルを推進しています。
また、プラスチックと木や竹など地域で有効活用されてない天然資源を融合したアップサイクル材にし、資源循環型社会の構築と持続可能な社会の実現に向けて取組んでいます。
編集後記
今回は「プラスチック資源循環の現在地と未来」をテーマにお送りしましたが、リディラバジャーナル「海洋プラスチック」の問題など、より包括的にプラスチックの問題を調査した「構造化特集」も公開中です。
プラスチック資源循環について、もっと知りたい方はこちらからぜひお読みください。
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