財政破綻寸前の島が移住者で溢れる 島根県海士町 計画なき変革の先
財政破綻寸前の島が移住者で溢れる 島根県海士町 計画なき変革の先
【提供】EY知恵のプラットフォーム
東京から片道5時間以上の離島、隠岐(おき)諸島。
この辺鄙な島に、全国が注目する地方創生の取り組みがある。
人口約2000人の町、海士町(あまちょう)は、人口減と高齢化で、文字通り「存続の危機」に瀕していた。
しかし、そんな海士町に、2004年からの約20年弱で800名もの人々が移り住んできたという。
驚くべき移住増の背景には、町の高校を廃校から救い、地域の中心に据えようとする「高校魅力化プロジェクト」の存在があった。
地域をあげた一大プロジェクトの成功によって、起死回生の移住者増をもたらしたように見える海士町。
しかし、その成功の裏側には、地域の財政危機や、卒業生が島に戻れる産業作りなど、その時々で必要な取り組みをひとつずつ積み重ねる姿が見えてきた。
地方創生の成功事例から、他地域でも応用できる「型」を見出す連続企画。
第2回となる今回は島根県海士町の事例を紹介する。
海士町が成功したポイントはどこだったのか。他の地域に応用できるエッセンスは何か。
「高校魅力化プロジェクト」をはじめ、14年にわたって海士町で活動を続ける「株式会社トビムシ」の竹本吉輝代表取締役のプレゼンを基に、各地で成功事例を作り上げてきた7名の先駆者たちが議論を重ねた。
先駆者のみなさんとMCを務める堀潤さん・宮瀬宮瀬 茉祐子さん(一部先駆者はオンライン参加)
地域の生き残り方
ヒントはブータンの森林に
海士町に関する竹本さんのプレゼンは、「ブータンの森林」という思いもしない角度から始まる。
竹本:株式会社トビムシの竹本と申します。
14年ほど海士町に通って、色々な取り組みを行なってきた中で感じているところを、今日はお話できたらと思います。
竹本吉輝さん
具体の取り組みを話す前に、私が感じる海士町のキーワードをご紹介させてください。
キーワードは、「ひとつが残るためには全体が残らないといけない」
これは医学博士であり、『バカの壁』の著者でもある養老孟司先生の言葉です。
養老先生のご自宅にお邪魔した際、ブータンの首都ティンプーの写真を拝見しました。
ティンプーは海抜2000メートルを超えているのに、背景には森林が写っていました。
なぜだろうと思って養老先生に聞いたところ、ブータンの森林限界(※)は4200メートルだと教えてくれました。
(※)環境条件の変化のため、森林の生育が不可能となる限界のこと
日本の森林限界が2500メートル程度であることを考えると、非常に大きな差があるわけですが、養老先生はその理由を「適応」と考えていました。
大陸移動説によると、ブータンを含むヒマラヤは、インドシナ半島がユーラシア大陸にくっつき、ゆっくりと隆起してできたので、あらゆる生物が環境変化に「適応」する時間があったのではないか。
急激な環境変化の下では適応できる種が少なく、仮に生き残った種がいたとしても、時間の経過の中でその種さえも死んでしまう。こうして森林限界は生まれます。
ヒマラヤの場合は、ゆっくりと環境変化が起こったため多くの種が残り、生態系が全体として適応できたのでは、という考え方です。
この例から、養老先生は「全体が残らないとひとつも残らない、ひとつを残すためには全体が残らないといけない」とおっしゃっていました。
僕が地域に関わらせてもらう中でも、この言葉の意味を実感することが多いです。
例えば、地元の土だけを原料として瓦を作る瓦屋さんがありました。
経営が厳しくなったので、様々な公的支援を入れたのですが、残念ながら結果的には廃業してしまいました。
この時、瓦屋を助ける公的な支援だけを行なっても、瓦屋は残らないんだと感じました。
ひとつの瓦屋を残すには、伝統的な街並みを残し、関連する職人や、地元の土を残し、地域の瓦屋を大切にする価値観を残し、と全体を残さないといけないのです。
逆に、地域からひとつの瓦屋がなくなると、様々な物、技術や価値観が地域からなくなり、やがて全てがなくなってしまうのです。
町に希望がない
海士町はどこから手をつけたのか
竹本:海士町は、島根県の本土から高速船で1時間の隠岐諸島にあります。
海士町の場所(海士町HPより)
東京からは片道約5時間と、行くだけで半日が必要になりますし、フェリーは海の状況によってしばしば欠航します。
私自身、海士町に住んでいた頃、フェリーが欠航して、子どものところに帰れないことが何度もありました。港近くのホテルから、「帰れなくなったよ」と子どもに電話したことをよく覚えています。(笑)
そんな海士町ですが、ご想像の通り人口は減少の一途をたどり、高齢化も進んでいました。
15年前、2007年に北海道の夕張市が財政破綻をして注目を集めましたが、夕張市よりも海士町が先に財政破綻するんじゃないか、という話も聞かれたくらい、町の財政状況は厳しいものでした。
2002年から、当時の町長だった山内道雄さんの下で大胆な財政再建が始まりました。
町長自身の給与は50%、町の管理職の給与は30%カットし、町民の足であるバス料金の値上げや、町を支える様々な委員などの日当も減額…。
これらを全て議会に了承してもらい、町の生き残りのためにコストカット・行政サービスの圧縮を行いました。
そして、ただコストカットを行い町の「延命」をするのではなく、捻出した費用を原資に町の「発展」に向けた活動にも同時に取り組みました。ここで着目したのが「高校」でした。
海士町にある「島前(どうぜん)高校」は、人口減少の影響を受け、生徒数が減少し廃校の危機に瀕していました。
廃校寸前の島前高校の様子を見て、本土の高校に通いたいと思い、子どもが高校生になる前に島を離れてしまう家庭もあったようです。
隣接する町村を含めた地域内唯一の高校が廃校になってしまうと、人口減少や財政不安に加えて、若者が地域からいなくなり、住民が町の未来に希望を持てなくなってしまう。
そう考えて、高校の再建に乗り出しました。
近隣町村と合同で「隠岐島前高等学校の魅力と永遠の発展の会」を立ち上げ、島の大人たちで議論を重ねました。
私も委員を務めましたが、「高校を残すためにやるべきことは全部やるんだ、学校を残すことは島を残すことなんだ」という気概に溢れた会でした。
会での議論を通して、島内進学者の増加が最大の目的に設定されました。
島で生まれ育った子どもたちが、高校進学を機に外に出てしまう状況を変えたい。
そのために必要なものは何か。私たちが着目したのが、「島外からの刺激」でした。
そして生まれたのが「島留学」です。
高校の3年間を、今まで暮らしてきた環境と異なる隠岐諸島で過ごす「留学」として、島外からの進学者を募り、島外からも生徒が来たいと思ってもらえるよう、高校の改革を進めました。
コロナ以前より「遠隔授業」を導入し、島の高校で、首都圏や遠方にいる魅力的な先生たちの授業を受けられるようにしたり、「夢ゼミ」と称して生徒の夢をプレゼンし、その夢に近しいことを実現している大人からフィードバックが貰える機会を用意したりしました。
同時に、「島親制度」という仕組みも用意しました。里親ならぬ島親です。
子どもたちは中学3年生、15歳の若さで島に来ることを決意して、知り合いも家族もいない場所に引っ越すことになります。
生徒の生活を支える役割を、情緒的な部分も含めて「島親」として仕組み化して、島民たちに担ってもらいました。
加えて、「公立塾」も用意しました。
島前高校は公立高校なので、教員の異動があります。また、島には大学が無いので、卒業後は進学のため島外に出る生徒も少なくありません。
異動してしまった先生や、卒業してしまった先輩に会える、逆に言うと、卒業後も島に居場所がある。いわゆる「サードプレイス」として、家(寮)でも学校でもない居場所の役割を公立塾が担っています。
冒頭で、「ひとつを残すためには、全てを残さないといけない」とお話しましたが、海士町の学校改革もまさにそうでした。
「学校」、寮や島親制度といった「住環境」、そして「公立塾」と三位一体の改革を進めた結果、島留学は大きな成果を挙げたのです。
島留学が生んだ驚くべき成果
竹本:島外からの入試倍率は2.8倍。これは公立高校としては驚異的な数字ですし、過疎地域の学校で毎年生徒数が増えているのは、日本でも島前高校だけだと聞いています。
生徒数の増加は、単に島外からの人口流入だけでなく、従来なら家族で本土に移住していたはずの島民が島に残り、さらに教員も増え、教員の家族が島に移住してくる、と様々な影響をもたらします。結果として、島の人口に驚くほどの変化をもたらしました。
赤い点線は、国勢調査を基にした海士町の人口予測です。人口予測は精度が高く、特に海士町のような過疎地域の予測値は極めて正確だと言われています。
しかし、海士町の実際の人口変化は青線のようになりました。
極めて正確と言われている人口予測値の上限を345人も超えたのです。
割合で考えると、もともと2000人ほどが予測値だったところに対して、345人の上振れですから、かなり驚異的な数字だと言えます。
この人口変化を見ていると、思い出す言葉があります。
ひとつは、生物学者の福岡伸一さんが生命や生態系の流れを表現した「動的平衡」という言葉。
生命や生態系のバランスは、何も変化が無いから一定に保たれているのではなく、むしろ常に変化し続けることによって保たれている、という意味です。
もうひとつ、かの有名な『方丈記』に出てくる「ゆく川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」という言葉です。
海士町は高齢化率の高い町ですので、本来であれば高齢者の方々が自然減となった分、人口減となります。
しかし、移住者やU・Iターンの方が増えた結果、人口はほぼ変わっていない。これはまさに「動的平衡」です。
また、高齢者の割合が減り、若い世代の割合が増える。町の人口構成が変わるという意味で、「もとの水にあらず」という状態なのです。
これら一連の取り組みは「高校魅力化プロジェクト」として多くの地域からも注目をいただきました。
海士町へ向かうフェリー
海士町の様子
島前高校
成功の先に生まれた
「10年目の倦怠感」
町の財政を立て直し、高校・寮・公立塾と三位一体の改革。まさに「ひとつを残すには、全体を残さないといけない」を体現する高校魅力化プロジェクトで、正確に予測された人口推移を大幅に上回る、驚異的な結果を生み出した海士町。
しかし、高校が活性化され、人口が「動的均衡」となったからこそ、海士町は次の課題に直面したという。
竹本さんのプレゼンを聞いていた先駆者のひとりが、現デジタル庁統括官の村上敬亮さんだ。
村上さんは前任の内閣府「まち・ひと・しごと創生本部」で地方創生政策を主導する中で、海士町の取り組みを長年見てきたという。
村上さんならではの視点で、次なる課題へと議論が移っていく。
村上敬亮さん
村上:竹本さんが話してくれた一体的な改革の特徴は、誰かが「設計主義」的に動いたわけではない、という点だと思います。
自治体側や、特定の誰かが「まず全員でこれをやって、高校の価値を高めよう。そうしたら移住者が増えるから、こんなことをしよう」と設計をして、その通りに動いたわけではない。
結果だけを見ると大成功ですが、決して設計図があって、その通りに動けばいい、という取り組みではないので、一連の過程は混沌としていました。
実際、高校魅力化プロジェクトに乗り出した当初は、高校が潰れるなら潰れてもいい、と思っている住民もいました。
島という近接した人間関係の中で、対立があり、対立の中から偶発的なものも含めて取り組みが生まれ、その取り組みの結果、成果と共に次なる対立も生む。
この繰り返しが続いているんですね。
そして、今海士町には「10年目の倦怠感」が生まれているように思えます。
例えば、魅力化プロジェクトが成功して、AO入試で進学実績が生まれるようになると、「これだけ実績ができた今、もっと普通科的な教育を強めたらいいんじゃないか?」とか、「優秀な人材が高校時代に海士町に来てくれても、その先に島で活躍するキャリアが無いじゃないか」とか。
その辺りの「10年目の倦怠感」について、引き続き竹本さんに伺いたいです。
竹本:確かに「10年目の倦怠感」のようなものがあるなあと感じています。
例えば高校の話をすると、魅力化プロジェクトを通じて、「夢ゼミ」や「遠隔授業」など、他の高校では得られない体験を用意した結果、島留学は成功しました。
そのため、島前高校はより注目される、先進的な学びを、という方向に向かいたくなります。
しかし、島内の人たちの中では、島には高校の選択肢がないのだから、もっと一般的な高校と同じような内容を教えてください、という考えも強まります。
島外に注目されるような取り組みは、同時に島内の人にとって敬遠され得るものでもある、このギャップが大きくなっています。
また、学校に限らず、地域全体でも「10年目の倦怠感」は感じられます。
財政改革と魅力化プロジェクトによって、どうやらこの町は存続できそうだとなりました。
一方で、この改革ではパブリックの「公助」を大きく使った結果、地域内経済循環をおざなりにしてきたことも明らかになってきました。
MC堀:どういう意味でしょうか。
堀潤さん
設計図のない地方創生
代わりにあったもの
竹本:これまでの改革では、パブリックの資源を教育や観光に投下してきました。
すると、地域内で教育や観光関連に携わる事業者は活性化しますが、同時に元来公共事業によって成立してきたその他の事業者が相対的に活力を失ったんです。
これらの「10年目の倦怠感」にどう対応するか。村上さんのいう通り、「設計図」があるわけではないんです。
町がこんな雰囲気になってきたな、こんな局面になったな、となる度に対応策を考える。
何か明確なひとつの重要施策があるとか、鍵を握る重要人物がひとりいる、みたいな単純な解決策はありません。
魅力化プロジェクト開始後の卒業生たちの中で、そろそろ島に戻って恩返しをしたいという人たちも出てきたこのタイミングで、次なる取り組みを始めました。
ひとつは「未来共創基金」です。
海士町に集まったふるさと納税の25%をこの未来共創基金に積み立て、民間でも補助金でも支援が難しいような類の取り組みを支援します。
例えば、島でパン屋さんを開きたいという人がいたとします。
島にパン屋さんがあった方がいいな、とは誰しもが思うのですが、銀行に融資をお願いすると、どうしてもマーケットサイズ的に融資は難しい、となる。
では、補助金で支援ができるかというと、どうして税金を使ってパンなのかをクリアしない限り難しい。
マーケットの中でも実現が難しく、行政の施策としても説明が難しい、でも地域にとって価値がある活動をどうやって支援するか考えた中で生まれた仕組みです。
ふたつめは「副業協同組合」です。
地域でよくある課題として、移住者と地域内の職がうまくマッチせず、職を辞めると同時に地域からも出ていってしまう、という話があります。
海士町では、このマッチングを構造的にできないかと考えました。
例えば、海士町では、一次産業の仕事は時期によって繁閑があり、二次産業・三次産業の職は決して豊富にあるわけではない。
そんな状況で「島に来て仕事をしながら夢を叶えてください」と言ってもハードルが高いわけです。
そこで、地元の事業者たちで組合を作り、移住者たちは組合の中で4半期ごとに違う仕事をしてもらうことにしました。
地元の事業者たちは、繁忙期が異なる中で労働力を調整できますし、働く側はどの仕事がマッチするのかを試してから、お互いの希望がマッチすれば本格的な雇用契約に移行できる。
就労機会が少ない小さな島で、その機会を最適化できる仕組みになっています。
最後に紹介するのは「半官半X 条例」です。
これも地域でよくある課題ですが、優秀な人材がみな役場に集まり、その中でも優秀な人材に仕事が集中する。結果、地域で最も優秀な人材は、役場の業務に忙殺されます。
社会でこれだけ副業や兼業が拡がっている中で、役場で働く優秀な人材を、公務員の職務専念義務に抵触しない形で、地域内の民間業務にもシェアしたいと考えました。
役場の職員が、地域の中で貢献できるXという仕事を見つけたら、町長の認定を受けた上で、月曜と火曜はそのXの仕事、水〜金曜は役場の仕事に従事する、というように、公の職務と民間の業務を両立できる仕組みを、条例改正も含めて実現しました。
海士町がこれまでやってきた取り組みをまとめるとこのような図になります。ただ、中身をひとつひとつ見てもらう必要はありません。
重要なのは、これらひとつひとつの取り組みは散発的に発生していて、結果的に起きたことをまとめてみると、有機的に連関した絵が見える、ということです。
この全体的な絵が最初にあり、誰かが計画的に一個一個のピースを埋めてきたのではありません。自然発生的に生まれてきたものを、今の時点で切り取るとこういう絵になる、ということなのです。
こうやって振り返ってみると、あらゆる取り組みの中に「島の未来をつくる人材のため、高校を残せるか」が通底するメッセージとして存在していたと思います。
人づくりをそこまでやるならば、その人たちが島の産業に貢献できるようにしよう、となります。
そのために、「未来共創基金」や「複業協働組合」のような仕組みも必要になる。そして「半官半X」にも取り組み、公だけが優秀な人間を囲うのではなくて、それを地域に開放していこう、など様々なことを試している。
海士町は、全てのことをやってひとつのことを残そうとしている地域です。
地域を変える「テコ」を探す
全体の計画から逆算するのではなく、目先の課題を起点にひとつひとつ活動を積み重ね、結果として、それぞれの活動が有機的に繋がったと語る竹本さん。
冒頭のヒマラヤ山脈の例のように、地域をひとつの生態系として捉えた竹本さんのプレゼンを受けて、7人の先駆者たちは議論を重ねる。
前回のプレゼンターでもあり、観光客が5年で100倍と急成長を遂げた香川県三豊市のキーパーソン、株式会社umariの古田秘馬(ひま)さんは次のように海士町の成功を分析する。
古田秘馬さん
古田:海士町に限らず、地方創生の成功事例って、色々な取り組みを重ねて、結果が出た「仕上がり後」の姿を見て、ここが素晴らしい、あれが良かったんだと評価をされがちです。
私が大事にしているのは、取り組みの「始点」、つまりどこから活動をスタートしたんだ、という部分です。
ある時、メイクアップアーティストの話を教えてもらってすごく腑に落ちたことがあって。
超一流のメイクアップアーティストでも、いきなり顔の全てを変えることはできなくて、最初にどこか鍵となる1点を変えた瞬間に、その人の色々な部分が変わり始めるそうです。
例えば、アイラインだけを変える。すると、そのアイラインに合わせて髪型が変わる。髪型に合わせて服装が変わる。服装に合わせて振る舞いや発言が変わる。大きな変化を生む最初の1点が重要だという話です。
海士町の場合は、最初に教育を変えようとしたことが鍵だったと思います。
いきなり「1000人の移住者を作ろう」ではなく、「100人の高校を良い場所にしよう」という規模感で、決まった領域から始めたのが良かったと思います。
「民泊新法」の成立に尽力するなど、地域と国・政治を繋いできた株式会社百戦錬磨の上山康博さんは、学校改革の価値を別の観点から語る。
上山康博さん
上山:竹本さんの話を聞いて純粋に、こんなに良い話があるのだなあと思いました。(笑)
私が色々な地域に携わって強く感じる課題は、未来に期待を持っていない住民がとにかく多いことです。
高校を残す、すると若い人が地域に残ったり、地域外から来たりする。
彼ら・彼女らと接することで、住民自身が地域の未来に希望を持てたり、彼ら・彼女らのために何かしたいと思ったりする。
学校改革によって定期的に新たな若い力が入ってくることで、長い間住んでいる住民の気持ちが変わる、ここが海士町の改革の肝だと感じました。
成功事例の真似
どうして上手くいかない
海士町の成功事例はどうすれば他の地域でも活用し得るのか。
各地域で課題の現場をツアー企画に変え、第三者の関与を促す活動などを行う「リディラバ」の安部敏樹が議論を投げかける。
安部:海士町の事例を、少し抽象度の高いレイヤーで考えていたのですが、生物の基本的な仕組みとして、一定の範囲に膜を作って、その膜の中に核を作りますよね。
ここからここまでが私の膜です、と領域を決め、その領域の中で核となる何かに注力をしていく。
海士町の場合は、離島という環境が、膜を作りやすくしています。膜はこの島の中です、この中でどうやって核となる何かを見つけますか、という話からスタートできるんですね。
その上で、「複業共同組合」や「半官半X」などの取り組みが、核を見つける仕組みとして機能しているところが素晴らしいなと思いました。
ですから、この海士町の事例が、他の地域で同じように活用できるかが論点だと思います。
多くの地域の場合「隣町の方がいいなあ」と思ったり、「職場はA町だけど自宅はB町」のように、行政区分を跨いで膜の意識が形成されたり、そもそも明確な膜の意識が無かったりします。
核を持つために、どうやって膜を作れるのか、あらゆる地域で考えなくてはいけないと思いました。
古田:膜と核に対応する話だと思うのですが、僕らは地域のコミュニティを「出番と居場所」という考え方で捉えています。
出番=核しかないと、その地域である意味や所属感が得られない。
居場所=膜しかないと、常に受動態になってしまう。
この出番と居場所の両方が必要だと思っています。
村上:地方創生でよくあるのは、成功した地域の仕組みを後から観察して、「この地域はこの仕組みで成功したのか。じゃあこの仕組みをそのままうちの地域でやってみよう」として失敗するパターンです。
失敗事例も踏まえて、僕が考える地方創生のポイントのひとつは、「密度」の再構築です。
膜という言葉でもいいのですが、海士町においては、前町長が必死に財政再建に取り組み、島民たちが会議体を開いて高校の魅力化に従事してきた。そこで地域内の人間関係や、行政との距離に「密度」が生まれた。
この密度がまだ十分に出来上がっていない地域で、密度ある地域の取り組みだけを真似しても、なかなかうまくいかない。
その意味で、個別の取り組み以前に、地域の「密度」をどうやって再構築できるのか、というのは地方創生に挑む上で大事な観点になると思います。
海士町の成功は、設計図があり、決められた取り組みを積み重ねたものではない。
「島を支える人をつくる」「人を作った先に活躍する場をつくる」という目的を共にし、その時々で必要な取り組みを考え実行に移してきた積み重ねとして今があるのだ。
海士町の成功の要因を、先駆者たちは「膜と核」「出番と居場所」「密度」とそれぞれの言葉で表現したが、共通して「成功地域の取り組みの模倣」で地域は変わらないと指摘する。
自らの地域の「密度」を見極め、今必要な取り組みを地道に積み重ねることが、地域に活力を取り戻す鍵となると、先駆者たちは語った。
より深い先駆者の議論はこちらの特設ページからご覧ください。
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