「客がつかなくて暇になってもいいならゴム。稼ぐ気があるならナマ。指名とるためには、何でもありなんですよ! 風俗は究極の接客業なんです」
こう語るのは、ソープランド勤務歴18年のリエさん(仮名)。
現在39歳のリエさんは、漠然と将来のことを考えています。
「『おまえも風俗はあと何年かしかないと思って貯めろ』ってよく言われます。すごいときは1日で20万円とか稼いでたわけだから、だんだん住むところもよくなっていくわけじゃないですか。それでいろんな感覚が麻痺していってる気が」
「自分の意識が根本的に変わらないと、昼間の仕事はたぶんやっていけない。やっぱりこの業界に残っても楽だなって思うし、好きなことを続けてのらりくらり、ホームレスでもいいやって、将来については今かなり迷っている感じ」
力の抜けた転職希望者のようなあっさりした語り口に編集部は戸惑い、我々が「性風俗」に対してもっているイメージとはギャップがあることに気が付きました。
予想していたような悲壮感はそこにはなく、風俗嬢としての日常を垣間見た気がしました。
貧困、搾取、性病、借金、偏見、転職。
30万人とも40万人ともいわれる風俗嬢が抱える「社会問題」はどこにあるのでしょうか?
大手コンビニと同じ規模? 風俗店の店舗数
表舞台に出てくることの少ない性風俗産業ですが、日本社会の中ではどれほどの規模なのでしょうか。
荻上チキさんと飯田泰之さん著の『夜の経済学』(扶桑社)や中村淳彦さん著の『図解日本の性風俗』(メディアックス)によると、市場規模は推計2.3兆~3.6兆円ほど。
これは化粧品(2.5兆円)や酒類(3.6兆円)市場と同程度で、学習塾·予備校市場(9650億円)の2〜3倍、映画市場の(2171億円)の約10〜15倍にもなります。
矢野経済研究所「アダルト向け市場に関する調査を実施(2016年)」「酒類市場に関する調査を実施(2015年)」「教育産業に関する調査を実施(2016年)」株式会社富士経済「化粧品マーケティング要覧2016総括編」日本映画製作者連盟「日本映画産業統計ー過去データ一覧」より編集部作成。
2015~2017年の推計では、性風俗の店舗数は全国に1万1500~1万3000店で、これは大手コンビニ「ローソン」と同じくらいの規模。
また、業界には30万~39万人の女性が在籍しているとされています。
性風俗業界については公式なデータがほとんど存在しませんが、これらの数字は警察への届出数や、広告を出している店舗数から推計されています(『職業としての風俗嬢』(宝島社)、『風俗嬢の見えない孤立』(光文社))。
性風俗業界は、昼間の生活とはどこか切り離されてしまいがち。そのため、そこで働く女性たちが悩みや迷いを抱えたとき、彼女たちが世間から受ける視線は決して温かいものではありません。
「職業選択の自由はあったはず。性病もレイプも自業自得」
「お金に困って始めたなら、どうして風俗で働く前に役所に相談に行かなかったの? 」
と女性本人に責任を求めたり、
「風俗ってヤクザの資金源になってるんじゃないの? 」
「性を商品化するなんて女性への人権侵害。すぐ辞めなさい」
など偏見や倫理的な観点から、目の前の彼女たちに寄り添うよりも業界への批判に終始してしまいます。
しかし、「風俗嬢はなぜ過剰サービスをしてしまうのか」「なぜ辞められないのか」と個々の悩みを紐解いていくと、そこからは女性一人の自己責任では片付けられない性風俗業界のしくみが見えてきます。
そこには、業界で働く女性の立場が弱くなってしまう構造が法律にあったり、報酬システムによって生活習慣が変わってしまったりするしくみがありました。
入口から出口まで……移りゆく問題の性質
一人の女性が夜の世界に足を踏みいれる瞬間から、辞めて出て行こうとしたときまでに、どのような場面でどのような壁にぶつかるのか、何を背負いこんでしまうのか。
取材を進める中で見えてきた構造があります。それは、業界の入口(始めるとき) − 中(働いているとき) − 出口(辞めるとき)とフェーズが進むに従って、風俗嬢たちが抱える問題が様相を変えていくということです。
性風俗業界に足を踏み入れるとき、多くの女性は「貯金のため」や「借金を返すため」など金銭的な目的を持っています。
その中には、選択肢がなくなった末に性風俗業界に行き着く人もいれば、他の選択肢があるなかで業界に足を踏み入れた人もいます。
しかし、いざ仕事を始めてみれば、心身を蝕んでしまうようなリスクと常に隣り合わせることになります。
精神的なストレスから睡眠剤を飲んでしまったり、性感染症にかかってしまったり、親や彼氏にバレないかどうか神経をすり減らすなど、心身へのストレスを抱え続けることになるのです。
冒頭のリエさんはこう語ります。
「働き始めてすぐは、精神面で葛藤が大きい。まず、感じたりしてしまうことが気持ち悪いんですよ。こんなやつに感じたくないと思って、気持ちよくなる自分が嫌で。それにやっぱり痛かったりもするし」
性風俗以外に働き先の選択肢がある人は、稼げなければ業界から出ていきます。一方、知らず知らずのうちに仕事上で抱える心身へのストレスに耐えながらも、業界にとどまり続けてしまう女性も珍しくありません。性風俗に収入を頼らざるをえなかったり、この仕事で稼ぎがよかったりすると、転職という選択肢が見出だせないまま歳を重ねてしまうのです。
リエさんと、六本木のイベントにて。
また、性風俗業界は法律的にグレーな部分も少なくありません。法律の抜け穴をかいくぐるために、業界では店と女性が雇用関係になかったり、日払い・現金手渡しという制度にせざるをえなかったりしています。
仕事の悩みを人に話せなかったり、周りの友人に誘われてホストにハマってしまったり、他の働き方がわからないなど、一般社会との関わり方が変わってしまうこともあります。
昼間の一般的な仕事とは働き方や報酬のシステムが異なるため、性風俗業界に長くいればいるほど、生活習慣や金銭感覚を変えることも難しくなってしまうのです。
こうして、収入を依存していたはずの性風俗で稼げなくなってきたときにふと気がつくと、転職の選択肢がなくなっているのです。風俗嬢として稼げたことがある人ほど、こうなってしまうのも特徴です。
以上の流れを整理してみると、図のようになります。
風俗を始める入口では選択肢があった人もなかった人も、足を踏みいれた瞬間から業界特有のしくみに絡めとられていきます。きっかけがあれば業界を出ていきますが、辞めるきっかけがなかった女性は、収入を依存していたり、生活習慣が変わっていたりするため、稼げなくなってきてもなかなか抜け出せない状態になってしまうのです。
「風俗で働くと共通してやばいことは、みんな年をとると辞めざるを得なくなること。そして、風俗を辞めても仕事がなかなか見つからないこと」。
風俗嬢のセカンドキャリアを支援する一般社団法人GrowAsPeople(東京都)代表の角間惇一郎さんは、性風俗の「出口」に問題意識を持っています。
「なんとなく始めたとしても、なんとなくでは抜けられなくなる」可能性を孕んでいるのが、性風俗業界なのです。
性産業の是非は議論しません
本題が始まる前に、リディラバジャーナルが今回の特集で議論する「性風俗産業」「風俗嬢」という言葉について、定義します。
世間一般では、性を売買することへ否定的な人もいれば、性産業を需要と供給からなる一つの職業として認める人もいます。しかし今回の特集では、倫理的・道徳的な観点での是非は議論しません。その上で、風俗嬢の抱える問題の構造的な背景を探っていきます。
本特集では、ソープランドやデリバリーヘルス(デリヘル)など「直接的な身体の接触がある業種」を議論の対象とします。警視庁の定義上では性風俗業と分類されている、ストリップ劇場やアダルトビデオ等のエンターテイメント系や、ラブホテルやショップの運営等は議論の対象としません。
サービスの提供者である「風俗嬢」は業界用語で「キャスト」と呼ばれています。同じような立場で男娼やボーイと呼ばれる男性も存在しますが、本特集では、異性向けに接客をする女性として「風俗嬢」を取り上げます。
私たち編集部は、記事執筆にあたり風俗嬢の個人的なライフストーリーだけに拠らないことを念頭において取材を進めました。「実はこんなことが起こっている」という現場のリアルに終わらず、「なぜそうなるのか」と問題の在り処を構造的な視点から探ります。
性風俗業界には、一般的な会社社会と同じように様々な経歴を持った人が集まっています。ひとくくりに風俗嬢全員が抱える問題を扱っているわけではないということを心に留めておいてください。
本特集では、業界を「第一章:性風俗業界の入口」「第二章:業界の中」「第三章:業界の出口」の三章に切り分け、それぞれの記事で風俗嬢の抱える問題とその背景にある構造を詳しく見ていきます。
辞められない貯まらない。風俗嬢の悩みごと
第一章は「性風俗業界の入り口」について、性風俗店に足を踏み入れる女性側の視点と、女性に働いてもらうためのしくみを敷く業界側の視点から、4回に分けてお届けします。
第一回《「99.999%がお金のため。それくらいきつい仕事です」》では、「性風俗を始める理由」について、幅広く取材しました。
風俗嬢を始める理由はやっぱりお金? エッチなことが好きだから? 業界に長く携わる人々は、「お金以外で始めた人には会ったことがない」と口を揃えます。
第二回は、《高収入のためだけじゃない。働きやすさは「コンビニより性風俗」》。
生活に逼迫しているわけではないのに、性風俗業界に足を踏み入れる理由とは? 「短時間で高収入」だけではない、業界の特徴を見ていきます。
第三回は、《「福祉にいくべき人」も「商品価値のある美人」も。性風俗の入り口のしくみ》。
風俗業界への経路は、ネット、スカウト、知人の紹介。(福祉との対比を強める)性風俗業界に図らずも「しんどい」人が集まる構造になっている理由を探ります。
第四回は、《 性風俗がバイト感覚に。昼と夜の兼業で増える「普通の」女性》。
昔は借金に追われている人が多かったのですが、今はバイト感覚で始める人が増えています。「脱がない、舐めない、触らせない」。業界歴18年のソープ嬢は「性風俗の入口が広がっていること」に危機感を募らせます。
第二章は性風俗業界の中で「風俗嬢として働く」ということについて見ていきます。風俗嬢が追ってしまう心身へのストレスや、それに耐えてしまうしくみを紐解きます。
第五回《まじめに考えるほどおかしくなる……。ストレスや葛藤との戦い》では、現役風俗嬢、風俗エステ講師、弁護士たちから、風俗嬢のリアルな悩みが噴き出します。
「行為に感じている自分が嫌で、気持ち悪い」「みんな色々あるよね、と思わないとやっていけない」「性病になるかもしれないと思うと、頭がおかしくなりそう」——。
風俗で働く女性は、「どこか寂しい気持ちを抱えている子が多い」のです。
第六回は、《ソープランドは“お風呂屋さん”。建前の上にある性風俗》。
デリヘルやソープランドが合法とされているしくみはどうなっているのでしょうか?
風俗嬢は店に雇われているのではなく、個人事業主として働いています。その理由は、法律にひっかからないためなのです。
第七回は《性感染症は誰のせい? 「検査はしたくない」風俗店の本音》。
業界内で3,4人に1人がかかっているともいわれる性感染症。
病気が発覚すると店の売り上げが落ちるので、店は検査を推奨しないこともあります。
第八回《“グレー”な環境で働く風俗嬢。昼の世界との距離》では、風俗嬢が「一般社会」と距離ができてしまう構造を見ていきます。
「仕事の悩みを抱えても人に話せない」「税金はほとんど払ってない」「風俗嬢がホストにハマる理由」――。
第三章は「性風俗業界を辞めるとき」について見ていきます。実は辞められないことが「風俗嬢を始める一番のリスク」とまで言われているのです。
第九回は、《職業寿命が短い風俗嬢の悩み》。
「風俗を辞められない」とは、店を辞められないのではなく、業界を抜け出せないこと。その理由は「居心地のよさ」にありました。
第十回《稼げた風俗嬢ほど辞められない。「稼いでいるのに貯まらない」のしくみ》では、性風俗で働く女性の金銭感覚が変わってしまうしくみを追いました。
1日20万円稼いでいたのに、年収数千万円なのに、お金が貯まっていない。いつまでも稼げるとは限らないのに、収入を依存してしまう構造とは。
最終回は《「風俗以外で働いたことがない」。履歴書に書けない空白期間》。
他の仕事をしたことがないと、やっていける自信もなく、業界から出られません。しかし、アスリートと同じように職業年齢の短い風俗嬢は、いつ稼げなくなるかもわからない不安定な職業。セカンドキャリアへのサポートが必要とされています。