2019年1月、世界保健機関(WHO)は「2019年の世界の健康に対する10の脅威」を発表した。
「大気汚染と気候変動」「HIV」などと並んで挙げられたのが、「ワクチン接種へのためらい(ワクチン・へジタンシー)」。
(WHOHPより)
WHOは、このワクチン接種へのためらいについて「ワクチン接種の機会が提供されているにもかかわらず、接種を先延ばしにしたり、拒否したりすること」と定義している。
今回の特集テーマは、この「ワクチン接種へのためらい」。
「ワクチンに対する複雑で矛盾した情報がまん延」
ワクチン接種へのためらいは、先進国を中心に、本来防げる感染症の拡大という問題を生んでいる。
2019年4月、WHOの担当者らは米メディアCNNに「2019年1~3月、麻しんの感染者が、前年同期比で300%増加し、危機的な状況」であると紹介する記事を寄せた。
(CNNに寄せられた記事)
その背景として、オンライン上でワクチンに対する、複雑で矛盾した情報がまん延しており、アメリカなどの中高所得国で、必要性や安全性に確信を持てずに、ワクチン接種を遅らせたり拒否したりしている親がいることを指摘している。
デマの代表例、ウェイクフィールド論文
WHOの担当者らの「ワクチンに対する複雑で矛盾した情報」というのは、かなり控えめな表現だ。
実は、オンライン上では様々な、科学的に否定された情報が飛び交っている。
その代表例が、麻しん、おたふく風邪、風しんを予防するMMRワクチンで自閉症になる、というものだ。
1998年、イギリスの医師、アンドリュー・ウェイクフィールド氏は医学雑誌「ランセット」上で、MMRワクチンと自閉症の関係性を示唆する論文を発表。
のちに医学界の検証やジャーナリストの取材によって、論文は捏造であることが判明し撤回されたのだが、オンライン上には今もなお、この説を信じ拡散する「反ワクチン派」の人々がいる。
そして、その情報を信じ、ワクチン接種をためらう人々が生まれている。
ウェイクフィールド論文は極端な例だが、なぜ小さな子どもを持つ保護者は、反ワクチン派の発する不確かな情報に影響を受けてしまうのか。
対策は進んだけれど…SNS上の反ワクチン情報
原因の一つは、SNS上にあふれる反ワクチン情報だ。
2019年に入り、フェイスブック、ユーチューブ、ツイッターといったSNSが、反ワクチン情報対策を行うことを表明。
現在では、ワクチンに関する情報を検索すると、厚生労働省のアカウントに誘導するなどの取り組みがなされている。
(ツイッターで「ワクチン」と検索した際の表示画面)
しかし、ほんの少し前までは反ワクチン情報は野放しで、ワクチンに対して保護者が情報収集をしようとすると、大量の反ワクチン情報にいきあたる状況だった。
日本における、反ワクチン情報の一大拡散地といっても過言ではないのは、インスタグラムだ。
2019年5月9日、米メディアはインスタグラムでも反ワクチン対策が始まったと報じたが、日本ではまだ「ワクチン」「予防接種」などの文言で検索すると、上位にワクチンへの不安を煽る根拠のない情報が出てくる状況である。
「孤育て」に寄り添う反ワクチン派
「反ワクチンの人たちって、本当に優しいんです。子育ての悩みや不安に寄り添ってくれる。だから、反ワクチンの方に流れていきそうになるのは、経験してよくわかりました」
そう語るのは、2歳の子どもを持つ村田里香さん(仮名)。
(ぱくたそ)
「孤育て」とも呼ばれ、育児中の保護者が孤立しがちな現代。反ワクチン派のこうした態度は信頼感を生み、賛同者を増やしている。
「でも、最後に物を売りつけてくるんです。あ、それが狙いなんだなって、私はそこで冷静になれました」
圧倒的に弱い正確な情報
この態度に対し「ビジネスなんだから、お客さん相手に親切なのは当然」と指摘するのは、医師で薬剤師の峰宗太郎さん。
峰さんは現在、米国立研究機関でワクチンの研究に従事。ツイッターやインスタグラム上で、反ワクチンに対抗すべく情報発信も行なっている。
「ビジネスなんだから、親切丁寧なのも、情報発信に熱心なのも当然なんです」
結果として、オンライン上でもそれ以外でも、勢いを持つのは反ワクチン派の情報。
しかも、本来正しい情報を発信すべき厚生労働省も、ワクチンを製造する製薬メーカーも反ワクチン情報対策に熱心とは言えず、一部の医師や保護者らがそれぞれに啓発活動を行なっているというのが現状で、十分対抗しきれているとは言い難い。
まとめると、ビジネスとして反ワクチン情報を拡散する人々がいる一方、組織だってそれに対抗できていない現状では、ワクチンに関心を持った保護者に届く情報の多くは反ワクチン派のものとなる。
しかも、それを受け取るのは育児に悩む保護者で、不安を煽られやすく、結果としてワクチン接種へのためらいにつながっている。
本特集では、一見、科学的リテラシーがあれば排除できそうな誤った情報や不正確な情報が、なぜ拡散され、保護者のワクチン接種へのためらいを生んでいるのかを見ていく。
第1章 保護者
第一回は【真面目だからこそ…反ワクチン論に影響を受ける理由】。なぜ、保護者が反ワクチン論に出合い影響を受けてしまうのか。影響を受けかけた母親や、啓発活動をする医師が語る。
第二回は【“孤育て”に寄り添う反ワクチン派】。育児の不安を抱える保護者は「子育ての悩みや不安に寄り添ってくれた」と、反ワクチン派の態度を振り返る。
(ぱくたそ)
第2章 反ワクチン派
第三回【だれが、なぜ反ワクチン論を広めるのか?】では、医師たちの「反ワクチンはビジネスだ」との指摘を紹介する。
第3章 厚生労働省・製薬メーカー・医師
第四回は【定期接種、任意接種…政策が生む反ワクチン情報】では、「痛くない腹を探られる」状況を作り出している厚労省などの問題点を考える。
(Shutterstock)
第4章 ためらう人を減らすために
第五回【ワクチン接種へのためらいをなくすには】では、WHOも危惧する「ワクチン接種へのためらい」対策に、個人や社会で取り組むべきことを考える。
(Shutterstock)
第5章 安部コラム
第六回は【リディラバ安部の考える『反ワクチン』と『ためらい』】と題して、リディラバジャーナル編集長安部のコラムをお送りする。
(ぱくたそ)