【松尾豊×安部敏樹】 “個人”か“社会”の問題かを問う | Ridilover Journal(リディラバジャーナル)
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「×リディラバジャーナル」コンテンツ:スペシャル対談
第二回

【松尾豊×安部敏樹】 “個人”か“社会”の問題かを問う

そもそも「社会問題」とは何なのか――。

 

本対談の前編で、知能(AI)を研究する松尾豊さん(東京大学大学院工学系研究科 人工物工学研究センター)は、「社会問題という言葉に違和感を持つことがある」と語った。

 

それは一体どういうことか。何をどう「社会の問題」と定義するのかは、あらゆる問題に対する問いでもある。

 

松尾さんと、社会問題を専門とするリディラバの安部敏樹による議論の後編をお届けする。

社会合意が難しい時代の社会問題

 安部敏樹  前編で、松尾さんが社会問題という言葉に違和感を持つことがあり、何を社会問題にするのかについて議論しましたが、近年は社会合意のあり方が非常にぼやけたものになっているのも事実です。

 

 松尾豊  そうですね。

 

 安部  例えば、刑務所に入ると満期出所の人は5年以内に約50%が刑務所に戻ってくる。まったく更生できていないと。こうした問題ははっきりと社会問題だとわかりやすいですよね。じゃあ高齢化は?それは社会問題なのか?

 

 

よく言われる「世の中が複雑化した」という前提にあるのは、社会合意が取りづらくなっている時代において、社会問題の定義が難しくなっていることがあります。

 

とくに社会問題を考える上では、問題を「理想状態と現状の乖離」だとすると、まず理想状態をどう定義するのかが最も難しい。

 

「リディラバジャーナル」がやっているのは、そもそも社会問題とは何かを問い直した上で、問題を構造化し、理想状態をそれぞれに考えてもらう補助線を引く。そしてその先に、構造的課題を解決するための仕組みを考えることなんです。

 

 松尾  これまでの会話を整理すると、社会問題と言われるものは、大きく3つくらいに分別できるのではないでしょうか。

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