「社会を変える人」を増やせば、社会は変わるのか――。
2026年8月6日(木)、リディラバは自由学園明日館(東京都豊島区)で「リディフェス2026」を開催。社会課題の現場で挑戦を続ける多様な大人たち、全国から集まった中高生、ウクライナから来日した高校生と先生、総計300人を超える人々が集った。
立ち上げから17年、社会問題の現場に向き合い続けてきたリディラバが行き着いたのは、「社会を変える人を増やすだけでは社会は変わらない」ということだった。社会変革に挑む人と、その挑戦を受け止める人がつながるコミュニティを、どうしたらつくることができるだろうか――。その問いに向き合うために開催したのが「リディフェス2026」である。
挑む人を受け止め、領域や世代を越えてともに責任を担い合う場は、どうすれば育つのか。その背景を、リディフェス2026のオープニングで代表の安部敏樹が語った。
【イベント概要】
開催日|2026年8月6日(木)
会場|自由学園明日館/ホテルメトロポリタン/豊島区立西池袋中学校(協力:認定NPO法人豊島子どもWAKUWAKUネットワーク)/豊島区立目白庭園/サンカクキチ(協力:NPO法人サンカクシャ)
主催|株式会社Ridilover
参加者|社会課題の現場で挑戦する多様な大人、全国の中高生、ウクライナから来日した高校生と先生。総計300人超
当日の構成|4つの分科会、分科会後の少人数ディスカッション、選択制コンテンツ
分科会|ウクライナ/政治・行政/教育/アントレプレナーシップ
選択制コンテンツ|クイズ/スタディツアー/ウクライナの高校生との国際交流/中高生ソーシャルコンテスト
株式会社Ridilover代表取締役、一般社団法人リディラバ代表理事。2009年、東京大学在学中に、社会問題をツアーにして発信・共有するプラットフォーム「リディラバ」を立ち上げる。2012年に一般社団法人リディラバ、2013年に株式会社Ridiloverを設立。スタディツアー、調査報道、企業研修、事業開発・政策立案などを通じ、社会課題の解決に取り組む。
このセッションを動画で見たい方はこちら
オープニングセッション:https://youtu.be/xsA7ribeaNs
参加者限定のランチセッション:https://youtu.be/fZwZU5LyMhs
※本記事は、「リディフェス2026」のオープニングと参加者限定のランチセッションで、リディラバ代表の安部敏樹が語った内容をもとに記事化したものです。発言は意味を変えない範囲で整理し、読みやすさのため、一部の発言や順序を前後させて再構成しています。公開動画は一部を編集しているため、本記事とは収録内容が異なる箇所があります。
挑戦する人だけに、社会変革を背負わせない――挑戦を受け止め、伴走する側の必要性とは
皆さんは、サーカスを見に行ったことがあるでしょうか。
パフォーマンスの一つ、空中ブランコは大変怖いものです。片方が飛び出し、もう片方がその人を受け止める。でも、受け止めてくれないと思ったら、飛ぶ側は身を任せられません。お互いに「いま、このタイミングで行くよ」と息を合わせるから、あの奇跡のようなパフォーマンスが成立するわけです。
振り返ると、2009年、僕が大学生のときにリディラバをつくった頃は学生の間で学生団体を作ることが流行っていました。「社会を変えるんだ」「学生を変えるんだ」と言って、数え切れないくらいの団体が立ち上がった時期です。大人たちも「そうだ、君たちが変えるんだ」と言っていました。
僕らも、もともとは学生のボランティア団体でした。いまになって周りを見ると、当時生まれた団体で生き残ったのは僕ら以外ほとんどいません。こうした状況をみると「大人の側は彼らを受け止めたのか」という問いが生まれます。応援するだけでその挑戦が続くわけではありません。空中ブランコの比喩で言うと、飛んできた人を受け止める側も必要なのですが、そういう大人は社会に十分居たのでしょうか。
多くの大人は「君たちが変えるんだ」と言って、飛ぶ側を送り出しました。その大人たちは、飛んできた瞬間に手を伸ばしたのか。僕は、そこまで考えなければいけないと思っています。しかも、タイミングがずれたら意味がありません。飛んでしばらくしてから、もう墜落した後で「そろそろおいでよ」と言っても、遅いんです。
片方だけが勇気を出せば成立するものではありません。飛ぶ側と受け止める側が、お互いにタイミングを合わせる必要があります。空中ブランコだけではなく、よりリスクを伴う社会変革においてもそうだと思います。そのことを、これまでの活動の中で身をもって感じてきました。

リディフェスのメイン会場となった「自由学園 明日館」
社会変革の担い手が集うコミュニティ――領域を越えることで見える、課題の捉え方と解決策
リディラバは、もともと社会問題の現場を訪れるスタディツアーから始まりました。続けるうちに、現場の情報が集まって、それらを突き合わせることで、これまで見えなかった問題まで見えるようになりました。そこから、「社会の無関心の打破」という理念を掲げ、社会問題の全体を構造化し、編集して、関わる人たちやそれをまだ知らない人たちへ届けることにも仕事を広げていっています。
行政や政治、企業、学校、NPO・・・・・・。いろいろな人を巻き込みながら、社会課題への関心を高めるということをやってきました。
そのなかで、変革志向の人たちが集うコミュニティを作ることの大事さにも気付きました。学校なら先生や生徒、企業ならリーダー、省庁や政治の世界なら官僚や政治家。その中で変革志向の人たちを見つけ、一緒にコミュニティをつくることを積極的にやってきました。
そうしていくうちに、ただそれぞれの領域でコミュニティをつくるだけでなく、それぞれのコミュニティの枠も越えていく必要がある、と思うようになりました。各コミュニティのリーダーが集まり、領域を越えて、より抽象度の高い議論をする。そこから、一つの大きなインパクトを出せるコミュニティをつくれないか。そう、考えるようになったんです。
障害者の問題や引きこもりの問題を挙げてみます。個別に見ると、それぞれは独立したまったく別の問題に見えます。
でも、一つ抽象度を上げると、また別の見え方がしてきます。たとえば、障害者と引きこもりの問題は、つまるところ、「労働することが社会に参画する前提になっていること」の表れだと見ることもできます。
皆さんがそれぞれの持ち場で見ている社会課題も、こうして抽象度を上げて議論することで、それまでとは違う見え方がしてくる。そうすると、個別の問題だけを見ていたときとは違う解決策も見えてくるのではないか。そういう議論を、このコミュニティでやっていきたいんです。
ただ、先ほどの空中ブランコを再び例に出すと、「今日いきなり飛んでください」と言っているわけではありません。一度、同じ場に集まっただけでできるものでもない。空中ブランコでパフォーマンスを出すためにも、その手前に長い訓練と、信頼関係をつくる時間が必要です。
セクターを越えて力のあるリーダーたちが集まり、時間をかけて信頼関係をつくっていく。その先で、初めて空中ブランコができるようになる。それが僕らの言葉でいう、「インパクターコミュニティ」という考え方です。

ランチセッションの様子(ホテルメトロポリタン)
中高生と大人が対話する場をつくった理由――世代を越えて長期のビジョンを共有し続ける、リディフェスの狙い
今回の「リディフェス2026」は、「インパクターコミュニティ」を、ここから皆さんと一緒につくっていくための場です。さらに、未来を見据え、世代を越えて社会と平和を議論する場でもあります。
いま責任を担っている僕ら大人も、いつかは次の世代にその役割を渡していきます。ここにいる中高生の皆さんも、2040年頃には社会のいろいろな場所で責任を担っているはずです。
そのときになって初めて未来について話し始めるのでは遅い。バトンを渡す前から同じテーブルにつき、どんな社会をつくりたいのかを考え、長期のビジョンを共有しておく。その長い時間軸の節目として、2040年を置きました。
そこで掲げたのが「2040年の担い手を育てる」というテーマです。ただ、それは大人が一方的に中高生を育てるという意味ではありません。中高生からすれば、「上から目線で来るな。自分たちで勝手に育つからいいんだ」と思う人もいるでしょう。
だからこそ、大人も中高生も、教える・教わる関係ではなく、フラットに議論できる場にしたい。ここでは全員が主役です。若い世代だからといって手加減せず、本気で、お互いの目を見て議論してほしいと思っています。
そして、今日この議論の先にある「インパクターコミュニティ」で大切となっていくのが、長期的なビジョンを共有し続けることです。
僕ら大人は、目の前の責任や、5年・10年というスパンでの責任を果たしています。ただ、もっと長期的な目線から見たとき、その責任を果たせているかと言われると、そうではないかもしれません。
社会の仕組みにも、短期的な目線に寄りやすくする要因があります。その一つが資本主義です。
資本主義自体は決して悪いものではありません。ただ、市場や資本主義の物差しだけで価値を測ると、利益や成果が短期で見えるものほど評価され、時間がかかるものや、お金で測りにくい価値は後回しになりやすい。その結果、「儲からないものは意味がない」「短期で利益が出なければやめる」という判断に寄りやすくなります。
民主主義にも難しさがあります。少子高齢化が進む日本では、高齢者の割合が増すなか、次の世代への投資は多数決では選ばれにくくなる。一見公平に見える多数決という仕組みが、かえって世代間、階層間の格差や対立を生みやすくすることもあります。また、衆議院選挙の間隔は戦後で平均すると2年9ヶ月。実は国会議員も近視眼的になりやすいのです。
こうした、社会の仕組みが短期的な判断に陥りやすいシステムになっているからこそ、長期的なビジョンを共有し続けるコミュニティが必要です。
責任を持つ人や役割は時代とともに変わっても、目指す未来は次の担い手へ引き継いでいく。その時々の担い手が目の前の責任を果たしながら、長期の目線も共有する。長期と短期を行き来しながら議論を続けられることが大切だと思っています。
もう一つ、このコミュニティで大切にしたいのが、立場や背景が違う人とも対話を続けることです。
僕らは17年間、社会課題に向き合うなかで、「現場に悪人がいて、その人を罰すればすべて解決するわけではない」と主張してきました。個別の社会問題にはそれぞれ事情があり、背景には社会構造があります。
ゆえに、立場の違う人を単純に「正しい側」と「間違っている側」に分けるだけでは、問題は解決しません。その背景を知り、違う立場の人とも対話を続けることが必要です。
立場や背景の違う人たちが集まり、ご飯を食べながら話し、意見が違っても関係を切らずに対話を続けられる。そうした場があれば、違いがそのまま分断や敵対に変わるのを防ぐことができます。
そのような関係を増やしていくことは、平和をつくることにもつながっていくはずです。
こうしたコミュニティがあれば、日本の50年、100年先はさらによくなるし、ひいては世界をより平和にしていくことにもつながると信じています。

クロージングで感想を話している様子
各コンテンツの紹介
「リディフェス2026」では、まず「アントレプレナーシップ」「ウクライナ」「教育」「政治・行政」の4テーマで分科会を行った。登壇者の話を聞いて終わるのではなく、その後は大人と中高生が少人数に分かれ、それぞれの経験や考えを持ち寄って話し合った。
さらに後半では、クイズやスタディツアー、ウクライナの高校生との国際交流、中高生ソーシャルコンテストを行った。
以下、当日の分科会をもとに制作した記事と、選択制コンテンツの動画(一部)について紹介する。
分科会の記事・動画
<「合わない」は、弱みなのか――“はぐれた先”で見つかった、起業だけではないアントレプレナーシップ>
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学校や会社、社会のルールに「自分は合わない」と感じたとき、自分をその環境に合わせることが求められがちである。
しかし、評価される場所を変える、つながる相手を増やす、自分に合う環境を探すなど、「合わせる」以外にも選択肢はある。登壇者たちが振り返ったのも、周囲との違いやうまくいかなかった経験が、その後の仕事や活動につながっていった過程だった。
「合わない」ことを欠点として消すのではなく、自分の道を切り開く力へ変えるには何が必要なのか。起業という手段に限らない、アントレプレナーシップのあり方や活かし方を考える。
※以下の記事は、順次公開予定です。
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<【ウクライナ】“戦争がないこと=平和”ではない――ウクライナ侵攻の当事者と話して見えた、平和の意味と戦争の現実>(2026年10月13日 公開予定)
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戦争が止まり、攻撃がなくなる。それだけで「平和になった」と言えるのだろうか。
ウクライナから来日した当事者が語ったのは、安心して眠ること、家族と将来の計画を立てること、自分の進路を自分で選ぶことまで奪われている日常だった。「休戦」と「平和」は同じではないという言葉から、外側から戦争を見ていた私たちの視点も浮かび上がる。
当事者との対話を通して、「戦争がないこと」だけでは捉えきれない平和の意味と、遠くにあるように見える戦争と自分との関係を考える。
<【教育①】なぜ学び、どう学ぶのか。AI時代に問い直す「学ぶ」という行為の意味>(2026年10月20日 公開予定)
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知りたいことを入力すれば、AIがすぐに答えを返してくれる。そんな時代に、人が時間をかけて学ぶことにはどんな意味があるのだろうか。
学びは、学校の授業やテスト勉強だけにあるわけではない。体験のなかで考えること、すぐに答えが出ない「もやもや」を抱え、言葉にしようとすることもまた、学ぶプロセスになる。
教育分科会で交わされた議論から、AIが答えを出してくれる時代だからこそ見直したい、「考えること」と「学ぶこと」の関係をひもとく。
<【教育②】教育は、どんな力を育むのか――“評価”と“環境”から、教育のあり方を問い直す>(2026年10月20日 公開予定)
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テストの点数だけでは測れない力を大切にしよう――。そう考えたとき、次に出てくるのが「では、何をどう評価するのか」という問題である。
新しいものさしをつくれば、それで教育はよくなるとは限らない。育てたい力が示されれば、人はそこに応えようとする一方、その力を身につけられる環境そのものにも差がある。
何を評価するのか、どんな環境をつくるのか。その先にある「教育は何を目指す営みなのか」という問いまで、登壇者たちの議論から考える。
<【政治・行政】つくられた社会に暮らすだけでよいのか――現場の声から問い直す、社会・公共の担い方>(2026年10月27日 公開予定)
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税金を納め、役所で手続きをし、公共サービスを利用する。私たちは、すでに用意された社会の仕組みの中で暮らしている。しかし、その仕組みも誰かが考え、つくってきたものだ。
人口減少などによって、これまでと同じ方法で公共を支え続けることが難しくなるなか、政治や行政だけに任せるのではなく、市民や民間を含めて「誰が、どう担うか」を組み直そうとする動きも始まっている。
政治家や行政職員がなぜその「持ち場」を選んだのかをたどりながら、「社会をつくる側に回る」とはどういうことなのかを考える。
選択制コンテンツの動画
分科会の後には、大人と中高生が同じ体験をしてより対話と理解を深める体験型コンテンツも設けた。その選択制コンテンツのうち、「中高生ソーシャルコンテスト」の様子を動画にて公開する。
<【中高生ソーシャルコンテスト】動画>(2026年10月30日 公開予定)
中高生が、自ら見つけた社会課題と、その解決策を発表した。
その提案に向き合ったのは、社会のさまざまな領域で活動する大人たちである。発表を聞き、審査し、コメントを返す。中高生が一方的に「教わる」のではなく、一つの提案を前に大人と中高生が本気で向き合った様子を紹介する。
