「紛争解決」の道へ進む決意をした学生時代――ピースウィンズ・ジャパン 大西健丞さん | Ridilover Journal(リディラバジャーナル)
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2020/1/20(月)
「紛争解決」の道へ進む決意をした学生時代――ピースウィンズ・ジャパン 大西健丞さん
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ソーシャルセクターにおいて、社会問題解決のために長く従事し、社会にインパクトを与え、現在も精力的な活動を続けている人たちがいる。

 

彼・彼女らはなぜ、社会問題の解決に取り組むようになったのか。大きな成果を挙げてきたその裏には、どのような努力や苦労があったのか。

 

新たにスタートする連載「ソーシャルセクター 列伝」。

 

今回は、20代の若さで国際協力NGOピースウィンズ・ジャパンを立ち上げるなど、日本国内における社会起業家の先駆者・大西健丞(けんすけ)さんにフォーカス。

 

イラク戦争下における人道支援やアフガニスタンの難民支援、東日本大震災をはじめとする国内の大規模災害被災者支援、犬の殺処分ゼロ活動など、20年以上もの間、さまざまな公益事業に従事してきた。

 

災害支援では緊急的な活動に使うためのヘリコプターを導入するなど大胆な取り組みをしながら、日本を含む世界16カ国・地域において、160万近い人々に支援を届けている。


さらに、アジア太平洋地域での災害に備え、各国の政府や企業、NGOが組織の壁を越えて連携し、効率的な支援を目指す組織「アジアパシフィックアライアンス」の設立に携わるなど、国内外において現在も第一線で活動を続けている。

 

そんな多岐にわたる活動を長年続けてきた原動力とは一体何なのか。その型破りな人柄とともに、社会起業家の先駆者としての経歴に迫る。

問題児だった子どものころ

子どものころは、いわゆる問題児。小学校では6年間ずっと、学年担任がいるクラスに振り分けられていました。

 

席替えもさせてもらえなくて、いつも、先生の目が届く一番前の席。好きな女の子の近くにも座れないから、全然面白くなかった(笑)。

 

高校の教師だった母親を間近で見ていたから、いかに先生が生徒にウソばかりついているか理解していて。先生の言うことは、一切信用しない子どもでした。

 

自分が納得できないことは学ぼうとも、覚えようともしなかったですね。あるとき、算数の授業で、先生がようかんを6つに切って、「6つに切ったうちのひとつは『6分の1』です」と言ったんです。

 

小学校当時の大西さん。

 

ほかの生徒は何の疑問も持たずに納得していたけど、僕は、「いやいや、6つに切ったうちのひとつだって『1』やん!」と言い張って、先生に怒られました。

 

アルファベットのヘボン式(日本語表記からアルファベット表記に置き換えできるローマ字表記法)を習ったときも、あとからその必要性はわかったけれど、当時は「なんで日本語をアルファベットで表記すんねん。だったら英語を教えてくれよ」と、全然受け入れられなかった。

 

そんな調子だったので中学校の内申点も低くて、内申点が影響しない私立高校に進学しました。...

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