リディラバジャーナル構造化特集「ヤングケアラー」。
第1回となる本記事では、日本における家族ケアの形(1章)として、日本における家族ケアの変遷に焦点を当てる。
少子高齢化や都市化、核家族化。ケアを必要とする人が増える一方、ケアの担い手は減っていく。社会が豊かになる過程において、あらゆる国が直面する課題だ。
日本では、増大するケア負担が家族にのしかかり、介護うつや介護離職、介護虐待といった課題が深刻化している。
「老老介護」や「男性介護者」など、ケアを担う主体も多様化する中、本来は大人のサポートを受ける存在と見なされていた子どもも、家族のケアを担っている実態が明らかになってきた。
ヤングケアラーのみならず、家族にケアの負担がのしかかるのはなぜなのか。1970年代末から唱えられてきた「日本型福祉社会」の観点から、日本における家族ケアの実態について考える。
人口動態と世帯構成の変化が生み出す「家族ケアのひっ迫」
家族のケアを誰がどのように担うのか。
日本だけではなく、いわゆる先進国の多くが、この難問に直面している。
人口動態と深く結びつくケアの問題。
ヤングケアラーについて長年研究を続けてきた、成蹊大学の澁谷智子教授の著書『ヤングケアラーってなんだろう』『ヤングケアラー――介護を担う子ども・若者の現実』を元に整理していきたい。
経済学などの分野では、「人口オーナス」と「人口ボーナス」という言葉が人口構成の変化を説明する上で使われてきた(注:小峰隆夫・岡田恵子「人口オーナス下の産業・企業」『イノベーション・マネジメント』第6巻 87-98(法政大学イノベーション・マネジメント研究センター、2009年))。
社会が豊かになっていくと、乳児死亡率は下がり、「多産多死」から「少産少死」に移っていく。この段階で1回だけ、まだ「多産」であるものの乳児死亡率が下がる「多産少死」の時期が経験され、この頃に生まれた人々が育って働くようになると、社会における“働く人”の比率が高まる。これがいわゆる「人口ボーナス」の状況、つまり、社会の総人口の中で“働く人”の割合が高く、高齢者など社会が支えなくてはいけない人の割合はまだ低い状況である。
しかし、その後の少子化の中で、数多くいた“働く人”たちが高齢者となり、少子化世代の人が“働く人”になると、「人口ボーナス」の逆の状態、つまり、総人口における“働く人”の割合が低い「人口オーナス」の状況となる。
「人口ボーナス」は過渡期における一時的な現象だが、「人口オーナス」は少子化が止まらなければ、ずっと続く。日本は1950年代から70年頃までは「人口ボーナス」の時期だったが、1990年代から「人口オーナス」の時代に突入した。少ない人で多くの人を支えなければいけない状況だ。
日本の世帯構成も大きく変化した。1世帯あたりの平均世帯人数は、1953年には5.00人だったが、2020年には2.21人となった(厚生労働省「平成28年国民生活基礎調査の概況」、総務省統計局「令和2年国勢調査」より)。
各世帯の人手が減っているだけでなく、大人が家庭に割く時間も減少している。背景にあるのは共働き世帯、ひとり親世帯の増加だ。
(出典:内閣府 男女共同参画局 男女共同参画白書 令和3年版 I-3-3図 共働き等世帯数の推移)
1980年には約600万世帯だった共働き世帯は、2020年にはおよそ2倍に当たる約1240万世帯に増加した。これは、男性雇用者と無業の妻から成る世帯(いわゆる専業主婦世帯)の約2倍である。
(出典:内閣府 男女共同参画局 男女共同参画白書 令和2年版 I-特-2図 夫婦の家事・育児・介護時間と仕事等時間の推移(週全体平均,夫婦と子供の世帯)(共働きか否か別,昭和61年→平成28年) より抜粋)
共働き世帯は、夫有業・妻無業の世帯に比べ、家庭にかけられる時間が短くなる傾向にある。2016年の調査では、夫有業・妻無業の世帯が家事・育児・介護にかける時間は1日あたり7時間38分(458分)だったのに対し、共働き世帯では4時間57分(297分)となっており、約3時間もの開きがあることがわかる。
(出典:内閣府 男女共同参画局 男女共同参画白書 平成30年版 I-6-2図 母子世帯数及び父子世帯数の推移)
一方、1993年には約94.7万世帯だったひとり親世帯は、2016年にはおよそ1.5倍の約141.9万世帯にまで増加。1人で家族を支えなければならない分、家庭にかけられる時間も大幅に減る傾向にある。
支えるべき人は増える一方で、支える人手は減り、かつ支えるための時間の確保もままならない。これが、現在の日本の実態なのだ。
「家族のケアは家族がするもの」
背景にある日本型福祉社会論
社会全体でのケア負担は増える一方で、家庭におけるケアのリソースは減少している。この事実は、家族のケアに深刻な事態をもたらしている。ケアの負担を一手に引き受けることで、身体に不調をきたしたり、キャリアを諦めたりする家族が後を断たない。
特に日本では、「家族のケアは家族がするもの」という暗黙の了解の下、家族がケアを担うことを当然視する風潮がある。成蹊大学の澁谷智子教授は次のように説明する。
1974年生まれ。東京大学教養学部卒業後、ロンドン大学ゴールドスミス校大学院社会学部Communication, Culture and Society学科修士課程、東京大学大学院総合文化研究科修士課程・博士課程で学ぶ。学術博士。日本学術振興会特別研究員、埼玉県立大学非常勤講師などを経て、成蹊大学文学部現代社会学科教授。専門は社会学・比較文化研究。著書に『ヤングケアラー――介護を担う子ども・若者の現実』(中公新書)、『コーダの世界――手話の文化と声の文化』(医学書院)、『ヤングケアラーってなんだろう?』(ちくまプリマー新書)、編著に『ヤングケアラー わたしの語り――子どもや若者が経験した家族のケア・介護』(生活書院)、翻訳絵本に『ヤングケアラーってどういうこと?――子どもと家族と専門職へのガイド』(生活書院)など。
「『家族のケアは家族が行うのが当たり前』という意識は、1979年に出された自由民主党の政策研修叢書『日本型福祉社会』の考え方と深く関わっています。福祉を支えるのは何よりも安定した家庭と企業であり、国が提供するのは最終的な保障のみ。そんな考え方に基づいて、数々の福祉政策が施行されてきました。
『家族のケアは家族が行うのが当たり前』というのは、決して無意識的な思い込みではなく、福祉政策の方針に沿った規範なのです」
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