2018年9月6日、東京・表参道の東京ウィメンズプラザ。その一室に、50人を超える女性が集まり、身じろぎもせずひとりの女性(37)の話に耳を傾けていた。
「ひきこもりUX女子会」の様子。(プライバシーへの配慮から、画像の一部を加工しています)
女性が話していたのは、自身のひきこもり体験。そして、聴衆もひきこもり状態にある当事者やその家族らだ。
これは、一般社団法人「ひきこもりUX会議」が開催する「ひきこもりUX女子会」というイベント。2014年に発足した同法人は、全国各地で70回同様のイベントを開催、のべ2630人が参加している(2018年11月9日時点)。
「行政の方が見学にいらっしゃることもあるのですが、目にしたことがないためそもそも女性のひきこもりはいないと思っているので、これだけいることにびっくりされますね」
そう語るのは、同法人の代表理事で、自身もひきこもり経験のある林恭子さん。
代表理事の林さん自身、不登校、ひきこもりの経験がある。(プライバシーへの配慮から、画像の一部を加工しています)
ひきこもりの7割は男性?
林さんがこう語るのにはワケがある。
内閣府が2016年9月に公表した「若者の生活に関する調査報告書」によると、ひきこもりは男性が63.3%、女性が36.7%。
2010年7月に公表した前回調査でも、男性66.1%、女性33.9%で、統計上男性が7割弱を占める。
こうしたデータからこれまで、ひきこもり=男性の問題だと考えられてきたのだ。
女性のひきこもりが不可視化されてきたカラクリ
しかし、21年にわたってひきこもり問題を取材してきたジャーナリスト・池上正樹さんはこのデータに男女比のカラクリを発見した。
2016年に刊行した著書『ひきこもる女性たち』(KKベストセラーズ)で、女性のひきこもり問題に本格的に切り込んだ池上さん。
「ダイヤモンド・オンラインでひきこもりをテーマに連載をしているのですが、元々、記事に寄せられる当事者からの反響メールは、女性からの声が男性と同じくらい多かったのです」
そこで、自身の実感値との乖離を感じた池上さんが取材を進めると、ある事実が判明した。
内閣府の調査では、15〜39歳の男女を対象に、
「趣味の用事のときだけ外出する」
「近所のコンビニなどには出かける」
「自室からは出るが、家からは出ない」
「自室からほとんど出ない」
のいずれかに該当する状態の人で、その状態が6ヶ月以上続いている人を「広義のひきこもり」と定義している。
さらに、この条件に合致しても
「統合失調症または身体的な病気」
「妊娠した」
「出産・育児中」
「専業主婦・主夫または家事手伝い」
と回答した人は「広義のひきこもり」の対象から除外している。
つまりこの調査自体、専業主婦や家事手伝いといったいわば“肩書き”があるひきこもり状態の人は、ひきこもりとしてカウントされないという、女性のひきこもりの実態を反映しにくい仕組みとなっていたのだ。
こうしてひきこもりは男性の問題だと考えられ、女性は不可視化されてきた。
女性特有の原因
ひきこもりとは「状態」を指す定義であるため、同じひきこもりという状態であっても、その背景にある問題は様々だ。
不登校に端を発し学齢期からひきこもっている人もいれば、一度社会に出たものの職場でのトラブルでひきこもり状態に至った人もいる。100人いれば100通りの理由があると言っても過言ではない。
ただ、取材を通して、以下のような女性に特徴的なひきこもる要因も見えてきた。
夫の転勤に伴うコミュニティとの断絶、就職氷河期世代(ロストジェネレーション)の女性の非正規社員比率の高さに起因する、帰属の不安定さ。性的虐待の影響、セクシャル・ハラスメント……。
さらには、家庭で介護や家事要員とされ、ひきこもり状態であっても家族がひきこもりだと認識しにくいのも、女性のひきこもり特有の問題である。
かつて、専業主婦だがひきこもり状態だったというさきちあきさん(仮名)。一時は日々のスーパーマーケットへの買い物と4週間に1回の通院しか外出せず、人との接触が怖くインターフォンが鳴っても応答できないような状態だった。冒頭の「UX女子会議」に参加するまで「こんな状態なのは自分だけだと思っていた」と明かす。
依然として、ひきこもりは男性の問題という認識が一般的なため、「こんな状態なのは自分だけ」と苦しむ女性も多いのだ。
本特集では前述のような、女性のひきこもり問題が見過ごされてきた背景や、女性がひきこもり状態となる上で無視できない社会の側の問題、そして、なぜ女性のひきこもりを社会問題として考えるべきなのかについて構造化して紹介していく。
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なお、ひきこもりに関しては国、研究者、支援団体などにより様々な定義がなされているが、本特集では内閣府が広義のひきこもりとする「趣味の用事のときだけ外出する」「近所のコンビニなどには出かける」「自室からは出るが、家からは出ない」「自室からほとんど出ない」という状態で定義する。
第1章《社会問題として考える女性のひきこもり》
第一回は【他の社会問題に連鎖する「ひきこもり問題」】。なぜ今、女性のひきこもりを社会問題として捉えるべきかについて、孤立や困窮、労働力不足の問題に絡めて考える。
(fizkes/Shutterstock.com)
第2章《女性のひきこもりの背景にあるもの》
第二回は【“いないこと”にされてきた女性たち】。専業主婦、家事手伝いといった肩書きのもと、ひきこもり状態にあることに苦しんできた女性たちがいる。
第三回【転勤、非正規、性的虐待…女性特有の背景】では、原因が千差万別のひきこもりについて、女性特有の背景を考える。
( Melinda Nagy/Shutterstock.com)
第3章《ひきこもる女性への支援》
第四回【自ら居場所を作り出す女性たち】では、広がりつつある当事者のニーズにあわせた支援を紹介する。
第4章《安部コラム》
第五回は【リディラバ安部が考える「女性のひきこもり 」】では、リディラバジャーナル編集長・安部が女性のひきこもりについて綴る。
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