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    • 特集「歓楽街の若者支援」第7回公開。支援の「線」はなぜ十分につながらないのか

      構造化特集「歓楽街の若者支援」第7回を公開しています。各団体が夜の街で若者への支援を続けている一方で、地域によっては支援の「点」を結ぶ「線」が十分につながっていないところもあります。中小規模の支援団体が築く支援の線と、その課題を追います。記事はこちらから。

      2026/9/18(金)
    • 特集「歓楽街の若者支援」第6回公開。相談業務の苦悩——つながること、支えること

      構造化特集「歓楽街の若者支援」第6回を公開しています。困難を抱える若者がその瞬間に必要としているものと、食事、相談の機会、住まい、医療、公的支援といったものがずれることがあります。支援の非対称性とは何か。記事はこちらから。

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    • 特集「歓楽街の若者支援」第5回公開。声をかけても、支援はまだ始まらない

      構造化特集「歓楽街の若者支援」第5回を公開しています。現場の相談員たちは、困難を抱える若者とつながることのどこに難しさを抱えているのか。相談員と若者の間に立ちはだかる「認知の壁」「心理の壁」「物理の壁」を明らかにします。記事はこちらから。

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    • 特集「歓楽街の若者支援」第4回公開。困難を抱える若者が犯罪に巻き込まれるとき

      構造化特集「歓楽街の若者支援」第4回を公開しています。歓楽街の中では、困難を抱えた若者が組織的な行為に巻き込まれるケースがあります。さらに、その過程では若年男性の孤立や困窮が見落とされている場合も。記事はこちらから。

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      構造化特集「歓楽街の若者支援」第1〜3回を公開しています。なぜ居場所を失った若者は、歓楽街に惹きつけられるのか。そして、歓楽街の中にある、若者の困難をさらに深める構造とは——。記事一覧はこちらから。

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構造化特集
被災地とボランティア 第1回
公開日: 2018/3/28(水)

東日本大震災、被災地に行くのは迷惑だった?

公開日: 2018/3/28(水)
構造化特集
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東日本大震災、被災地に行くのは迷惑だった?

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構造化の視点

被災地では、災害発生直後だけではなく、復興段階において

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被災地では、災害発生直後だけではなく、復興段階においても多くの人々が関わる必要があります。そして、初期段階でのボランティアとしてのかかわりが継続的な地域へのかかわりにつながります。本特集ではそうした復興段階を踏まえた上でのボランティアの初動という観点から、東日本大震災を振り返ります。

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オーディオブック(ベータ版)

「ボランティアは時期尚早だ」「大学生は募金、献血、節電だけで十分だから余計なことはするな」――。

 

7年前の東日本大震災発生直後、「何かしたい」という思いを持って被災地へ向かうボランティアに対して、批判的な言葉が投げかけられた。

 

食料品などをきちんと準備をせずに被災地に負担をかけるボランティアに対する批判もあれば、被災地に行くことをやみくもに批判する声もあった。

 

こうした批判に萎縮して行動できなかった人もいたはずだが、では「何かしたい」と思った人は、どうすればよかったのか。

 

当時、被災地支援を行うために発足した学生団体、NPO法人SET(岩手県)も批判対象の一つだった。SET代表の三井俊介さんは語る。

 

「僕らは、3月13日にSETという団体を立ち上げました。とにかくできることをやろうぜ、と思っていて。『大学生は募金、献血、節電だけやっていればいいから、余計なことはするな』みたいな風潮があったので、いろいろと叩かれたのですが『いやいやもっとできることあるでしょ』と、まずは団体を立ち上げたんです」

 

三井さん(写真前列中央の青いTシャツの男性)と2011年当時ボランティアに携わっていたメンバーたち(三井俊介さん 提供)。

 

今回の記事では、三井さんたちのように被災地に足を運んだ災害ボランティアの意義と、初動でより多くの人を巻き込むために必要なことを考える。  

 

被災地支援を行うボランティアの数と関わり方を表した図。今回の記事は、震災直後のボランティアの巻き込みにフォーカスします。

初動の巻き込みが長期的に関わる人の数を左右する?

「やはり初期に人を巻き込まないと、関心が急速に薄れていきます。多くの人に最初に動いてほしいのですが、最初は(経験や専門的なスキルのある)ハイスペックな人たちが必要だというところに難しさがあります。初期には、SNS上でも『行くと迷惑になるからやめろ』といった論調があったので、僕らはボランティア希望者に登録だけでも(早い段階で)してもらうことにしました」

 

こう語るのは、NPO法人Youth for 3.11(東京都)代表の船登惟希(ふなと・よしあき)さん。

 

Youth for 3.11は、被災地で活動する団体に、ボランティアをしたい学生を送る活動を行っていた。

 

初期段階の関心が高い時ほど人やお金を集めやすかったと語る船登さん(写真右)と編集長安部。

 

船登さんは、長期的に関わる人を増やすためには「初動が大事だった」と指摘する。

 

船登さんは震災直後に過去の大震災・大災害の記録を調べ、阪神淡路大震災の資料から、震災発生後時間が経過していくにつれて、ボランティアの需要と供給のバランスが崩れていくことを知った。

 

時が経つにつれて世間の関心の薄れとともに、被災地に入るボランティアの数は減っていくけれども、ボランティアの需要は長期間にわたって一定程度存在する――

 

そこで、長期的に地域に関わる人を増やすためには、初期段階で関わる人の母数を増やすことが重要だと考え、震災発生直後の人々の関心が高いうちにより多くの人を巻き込むことができる仕組みをつくったのだ。

 

NPO法人Youth for 3.11の学生ボランティアと現地で活動する支援団体とのマッチングの仕組み(出典 Youth for 3.11「2012年度年次報告書」)。

 

Youth for 3.11は、被災地で活動する団体がボランティアの受け入れを始めるまでの間、すぐには現地に行けないけれどボランティアに参加したいという学生に、初めの行動としてボランティア登録を促した。

 

そして、適切なタイミングで適切な数のボランティアを現地の団体に送れる状態をつくった。

 

2012年3月10日までの1年間でYouth for 3.11が現地の団体に派遣してきたボランティアの数は延べ1万人を超える。

 

さらに、東日本大震災後は、東北地方以外の地域での災害支援にもボランティアを送り出している。

 

Youth for 3.11では、学生ボランティアを被災地に送り出す前に事前研修を行い、ボランティア同士のチームビルディングを行っていた。

 

冒頭で紹介したような「専門的なスキルのないボランティアは現地に行っても邪魔になるだけだ」という批判に対して、船登さんは、特別なスキルを持っているわけではない学生のボランティアであっても、重機が入れない個人宅や田畑で瓦礫を拾ったり、現地のしがらみに囚われずお年寄りや子どもたちと話ができたりといったニーズがあったと言う。

 

2012年2月14〜24日、ピースボート災害ボランティアセンターと Hack For Japanが実施したインターネットアンケートによると、東日本大震災の被災地での災害ボランティアに参加したと回答した561人のうち、「はじめて災害ボランティアへ参加した」という人が90%を占めていた。

 

実はそうした初参加のボランティアたちが活躍していたのである。

やることはいくらでもあった

今回取材した被災地支援に携わった団体の人々は口を揃えて、人手が必要だったと話す。

 

船登さんは「瓦礫だらけの田んぼの中のほんの一反(約1000平方メートル)を1日かけて30人でゴミ撤去しましたが、私有地は(住民が)自分たちでやらないといけないので、残りはどうするのだろうと思いながら帰って来ました。完全に人手は足りていなかったです」と当時を振り返る。

 

災害支援活動や防災活動に取り組む一般社団法人ピースボート災害ボランティアセンター(東京都、以下PBV)事務局長の上島安裕さんは、2011年3月17日にPBVの母体である国際NGOピースボートのメンバーと共に、先遣隊として被災地入りした。

 

阪神淡路大震災や新潟県中越地震の際にも被災地支援を行ってきた上島さんらは、被災地の人々に負担をかけないことを前提にしていた。

 

その上で、緊急車両の通行証を手に入れた後、集めていた支援物資の毛布と水、そしてガソリンを積んだトラックで現地に入った。

 

被災地の様子(ピースボート災害ボランティアセンター提供)。

 

そこで目にしたのは混乱した現地の様子だった。

 

「最初は行政(機関)に行き、毛布を持ってきたことを伝えました。ただ想像の通り大混乱なので、何もできない。行政の職員さんに『毛布どこに持って行ったらいいですか』と聞いても、『分かりません』という答えが返ってくるんです。しばらくして別の人に『野球のグラウンドに全部置いてあるので、そこに持って行ってください』と言われて毛布を持って行ったけれど、そこには人はいないんです。物資が山積みになっているのですが、何度呼んでも人はいないのです。こんなところに持ってきた毛布を置いても意味がないと思いました。それで、自分たちが持っている毛布を避難所に直接届ける方が絶対いいと考え、市役所である程度情報を得た上で持って行きました」

 

避難所に行くと物資が不足していたため、トラックで物資を運ぶことにしたが、上島さんたちは「二人では限界がある」と考えた。

 

これは人が多くいればいるほど問題が解決できる。物もあった方がいいし、食事をつくる人もいた方がいい。そう考えて、できるだけ多くの人たちを集めようと思って東京で、(ボランティア希望者向けの)説明会をしました」と上島さんは言う。

 

ただし、ボランティアに入るためには当然ながら準備が必要である。

 

自分たちの食事を持たずに被災地に行ったり、現地に行ったりしても完全に受け身な状態でいたりーー。

 

内閣官房震災ボランティア連携室に勤務していた一般社団法人RCF(東京都)代表の藤沢烈さんは、そうしたボランティアの姿も目にしてきたと言う。

 

「もちろんボランティアには来てほしいのですが、正しく行ってくださいというスタンスで、『行かないでください』でもなく、『とにかく行け』でもなく、正しく行ってくださいという発信をしていました」と藤沢さんは話す。

 

藤沢さんの言う「正しく」とは、準備不足により被災地の負担がないようにということである。

現地では支援の受け皿がない……

ピースボート災害ボランティアセンター事務局長の上島安裕さん。ピースボート災害ボランティアセンターオフィスにて撮影。

 

PBVメンバーの一人が東京に戻って説明会を開催したところ、「びっくりするくらい反響があった」と上島さん。300人近くの人々が説明会に集まってきたのである。

 

「これだけ集まって来てくれるんだったら、どれだけでも支援につなごう」

上島さんはそう考えていたと言う。

 

実際に、PBVはそれまで培ってきた災害対応の経験を活かして現地でボランティアの受け入れを行っていた。

 

しかし、災害発生当初、多くの被災地ではボランティアなどの支援を受け入れる体制が整っていなかった。

 

場所によるが、災害時にボランティア活動を円滑に進めるための拠点として設置される「災害ボランティアセンター」でも地域外から人を受け入れられるようになるまでは時間がかかった。

 

もっと多くのボランティアを巻き込むためには、現地側の受け入れ態勢がととのっている必要があったと語る藤沢さん。

 

RCF代表の藤沢さんは、震災当時は多くの企業が支援に来ていたことについて、「市役所の人に聞いたところ、『毎日来るので全部断っていました』と言っていて」と話す。

 

震災発生直後は混乱の中、ボランティアを受け入れる現地のボランティアコーディネーターが不足しており、支援の受け皿として十分に機能していなかった。

 

現地では人手が足りなかったので、もっと多くのボランティアが必要とされていた。

 

だが、ボランティアを受け入れるためにはボランティアを統括するコーディネーターが必要であり、そうした人材も不足していたのである。

 

そうした支援の受け入れ体制を、混乱が想定される現地の行政機関に頼るのは難しく、PBVのような民間機関や災害時応援協定を結んでいる他地域の協力が重要となるのだろう。

東日本大震災の初動に着目した学び

東日本大震災の振り返りをする際に、ボランティアの初動に着目することは多くなかったはずだが、今後に活かせる学びとして、復興段階を見据えて初動を考える、つまり震災発生直後の人々の関心が高い初期段階に、より多くの「人」「物」「お金」を巻き込むことが重要だと言えるだろう。

 

RCF代表の藤沢さんは、災害直後の動きについて、ボランティアの数だけではなくその内容について言及する。

 

藤沢さんは、災害直後の対応においては被災者支援だけが重視される傾向にあるけれども、販路が途絶えないように取引先の確保や風評被害対策を行うなど、力仕事以外の事業者の支援も重要だったと指摘する。

 

事業者支援など初動でやるべきことを役割分担して行うことで、初期段階の人々の関心を長期的な復興につなげることができるのではないか、と提起する。

 

また、受け入れる地域は外部からの支援を受け入れ、長期的な視点を持って必要なところに割り振りできる体制を「事前に」準備しておくことが求められるのである。

 

【まとめ】

  • 東日本大震災において被災地を訪れる素人の災害ボランティアには非難の声もあったが、被災地ではニーズがあった。

  • 復興段階により多くの人を巻き込むためには、震災直後の人々の関心が高いうちに人を巻き込むことが重要であった。

  • 人やお金、支援物資等の受け皿があれば、もっと多くの支援を復興段階に活かせたのではないかという反省がある。

  • 早い段階で事業者支援を行うなど、震災直後に役割分担ができるとより復興がスムーズになるのではないか。またそのためには平時の準備が重要である。

 

【問いかけ】

  • 今後、災害が起きた時にあなたはボランティアに参加しますか。

  • ボランティアに参加する上で課題になることはどんなことですか。

編集後記

初動で多くのボランティアが被災地に関わることは重要です。しかし、特に震災直後は覚悟や大変な準備がボランティアに求められたのも確かです。

 

 

ピースボートが震災後の早い段階で行った説明会では、「7日間分の食料とテント、寝袋全部持ってきてください、ゴミは全部持ち帰ること」といった条件を提示していたとピースボート災害ボランティアセンターの上島さんは語ります。

 

一方で、すぐにそこまでの準備ができずとも「ボランティア登録」というかたちで、初期段階で人を巻き込めたことをYouth for 3.11の活動は示しています。

 

船登さんは、ボランティアの初動に向けた準備として、どのような対応をするべきかシミュレーションすることや、連絡網をつくっておくことを挙げました。

 

そのような簡単な準備でも、より多くのボランティアを増やすことにつながりうるのです。

 

次回は、今も東日本大震災の被災地で活動を続ける団体への取材をもとに、初動で動けるのはどのような組織なのかという問いに迫ります。

 

リディラバジャーナル編集部。「社会課題を、みんなのものに」をスローガンに、2018年からリディラバジャーナルを運営。
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CONTENTS
intro
ボランティアの巻き込み
no.
1
no.
2
ボランティア活動の開始
no.
3
ボランティアの継続
no.
4
新たに人を呼び込むための情報発信・口コミ
no.
5
地域との長期的な関与
no.
6
安部コラム
no.
7