地震災害において被害をもたらす要因の一つに、住宅の倒壊
地震災害において被害をもたらす要因の一つに、住宅の倒壊がある。耐震化をすることで倒壊は防ぐことができるが、日本の住宅のうちおよそ1割は耐震性が不十分である。住民が抱える金銭的な不安や心理的な背景、さらには地方自治体が抱える問題などから耐震化が進まない構造的な背景を明らかにする。

地震災害において被害をもたらす要因の一つに、住宅の倒壊がある。耐震化をすることで倒壊は防ぐことができるが、日本の住宅のうちおよそ1割は耐震性が不十分である。住民が抱える金銭的な不安や心理的な背景、さらには地方自治体が抱える問題などから耐震化が進まない構造的な背景を明らかにする。
地震災害において被害をもたらす要因の一つに、住宅の倒壊がある。耐震化をすることで倒壊は防ぐことができるが、日本の住宅のうちおよそ1割は耐震性が不十分である。住民が抱える金銭的な不安や心理的な背景、さらには地方自治体が抱える問題などから耐震化が進まない構造的な背景を明らかにする。
リディラバジャーナル構造化特集「住宅の耐震化~誰もが当事者、“最優先”の地震対策はなぜ進まないのか~」。
第3回となる本記事では住宅の耐震化が進まない理由(2章)を、情報や資金の不足が要因で、耐震化をするハードルがあがってしまう住民の事情から考える。

防災意識と耐震化に関する興味深いデータがある。
内閣府は2017年、国民の防災意識を把握し、施策の参考とするために「防災に関する世論調査」を実施した。この調査では、「大地震が起こったとしたら、どのようなことが心配か」という質問に対し回答者の72.8%が「建物の倒壊」を挙げていた。
建物を地震の揺れに耐えられるようにするためには耐震化が必要である。しかし、耐震化の手前の段階である「耐震調査」を行なったと回答したのは28.3%だった。7割を超える回答者が建物の倒壊を心配しているにもかかわらず、実際に行動していたのはわずか3割だったのである。
住人の不安と行動の間に生じている大きなギャップ。建物の倒壊が恐ろしいことであると分かっているのに、なぜそれを防ぐための耐震化は進まないのだろうか。データや学術的な知見をもとに住人の立場から耐震化が進まない理由を考えていく。
「費用負担が大きい」耐震化をしたくてもできない切実な声
住宅の耐震化がどのくらい進んでいるか、その進捗度を表す指標に「耐震化率」がある。
2023年時点では、日本全国にある約5570万戸の住宅のうち10%にあたる約570万戸が「耐震性不十分」であると推計している。これは神奈川県や大阪府の全住宅数よりも多い数値である。

なぜ、耐震性が不十分な家に住んでいる住人は耐震化を行わないのだろうか。
2019年、国土交通省が耐震化に関するアンケートを行なった。アンケートでは耐震診断を行なった旧耐震基準の木造住宅に住んでいる住人に対して、耐震化をしていない理由を聞いている。回答結果の上位2つを締めているのは「費用負担の問題」であった。

耐震診断によって「家屋の耐震性が不十分である」と判断された場合、耐震化をするためには家屋をまるごと新しくする「建て替え」か、家屋はそのままに補強するなどして揺れに強くする「耐震改修」を行う必要がある。
実際に住宅の耐震化にはどのくらいの費用がかかるのであろうか。木造住宅の住人が専門的な知識がなくても自分自身で自宅の耐震性能を確認できるパンフレット『誰でもできる わが家の耐震診断』を作成した日本建築防災協会の杉藤さんに伺った。

日本建築防災協会 理事長。1962年愛知県出身。84年京都大学工学部出身。翌年建設省採用。住宅局の各課を歴任し、12年には同局市街地建築課長に就任。14年には大臣官房審議官(住宅担当)。24年に現職。
「木造一戸建て住宅の場合、耐震性が充分か確認する耐震診断で数万円から20万円ほどの費用がかかります。ただし、自治体によっては自己負担無しで診断できる場合やかなりの部分を補助してくれることもあります。
建て替えの場合は『新築』ということになるので、1000万以上の費用がかかります。近年では材料の高騰などにより建築費が上がっていますので2000万円を超えるケースも珍しくはないでしょう。
改修工事の場合は、建て直すわけではないので建て替えよりは費用が低くなる傾向にあります。状況によって費用は千差万別ですが、5年前の調査だと木造2階建て住宅の場合180万円が平均の価格でした。改修工事の場合も高騰のあおりを受けて価格が上がっていると推定されます」

一方、一般社団法人耐震住宅100%実行委員会の松延隆行事務局長は「場合によっては耐震改修が建て替えより高くなるケースもある」と指摘する。
耐震住宅100%実行委員会は「日本の木造住宅100%耐震化」を推進することを目的とし、全国の工務店が有志で結成した団体である。木造住宅の耐震化について研究や普及活動をしており、その一環として行われたのが「清水次郎長生家 耐震改修プロジェクト」である。
2014年に開催した「あなたの残したい建物コンテスト」に応募があった、清水次郎長の生家(静岡県清水市)を耐震改修。間取りや雰囲気を残すために壁を増やすことなしに耐震性を上げるなど特殊な工事をしたこともあり、3000万円ほどの費用がかかったという。ここまでの費用ではないが、一般の住宅においても改修の費用が抑えられない場合があると語る。

一般社団法人耐震住宅100%実行委員会事務局長。株式会社エヌ・シー・エヌ 執行役員 開発営業部長。
「木造住宅の場合、『図面が無い』というケースがあるんです。家を建てるとき、引き渡しの際に必ずお客様に図面を渡しています。しかし、多くの方は図面を保管していません。
図面がきちんと保管されていれば、住宅の構造を確認しながら今の耐震基準を満たすように改修することができます。しかし、図面が無いと壁をはがして、部品を一つ一つ調べて図面を一から作り直す必要が生じます。すると、とてもお金がかかってしまい、むしろ新築を建てた方が安くなるケースもあるのです。
家を買う人はリノベーションや改修をすると最初から想定していません。図面が無いことは『今の家にそのままの状態でずっと住み続けるだろう』という意識に要因があると思われます」
さらに、耐震性に関する認識のズレについても指摘する。
「『今、問題なく建っているのだから耐震性があるだろう』と一般の方は思っています。平常時に家が建っていることと、地震の揺れに耐えられることは直結しません。
目に見えて分かるリノベーションとは違って、目に見えて分かるわけではない耐震改修の効果や重要性は中々理解していただけていないのが現状です」
耐震化が進まない要因の一つに費用負担の問題がある。一方で松延さんが指摘したように、耐震化の重要性や必要性を理解していないされていないことも耐震化が遅れる要因となっている。
地震観測学者が語る「リスク」の本質と正しく認識されていない現状
耐震化の重要性や必要性を理解しづらい背景には、地震のリスクや防災の情報が正しく認識されていないことも要因としてある。東京大学の平田さんはリスクの本質とともに、地震の確率予測などの情報が正しく知られていないことを指摘する。

東京大学名誉教授。観測地震学を専門とし、地震調査研究推進本部地震調査委員会委員長、気象庁南海トラフ沿いの地震に関する評価検討会会長、地震防災対策強化地域判定会会長を務める。
著書:『地震を知って震災に備える』(亜紀書房)、『首都直下地震』(岩波書店)、『巨大地震・巨大津波 ─東日本大震災の検証─』(朝倉書店)。
「『地震のリスク』は何を指すのか。『リスク』という言葉は経済学や金融の現場では、『不確実性』や『変動幅』という意味で使われています。同様に、『地震のリスク』は『大地は動かないと思っていて、普段は揺れないところが突然揺れる』という不確実性を表します。
たとえば、船の中で暮らしている船員にとって船が揺れることはリスクではありません。船は常に揺れていますから、食堂やキッチンはいつ揺れても良いように食器や器具が縛り付けて固定されているわけです。
大地の上に住んでいると、普段はほとんど揺れません。ただ、たまに突然揺れることがある。『普段は揺れない場所が突然揺れること』この不確実性がリスクです。そして、このリスクについて示したものが『全国地震動予測地図』です。
阪神・淡路大震災の時にも『関西では大きく揺れるような地震はない』という迷信がありました。これは一般の人も、自治体の防災担当者も信じており、地震対策が非常に遅れていた。
神戸の地形を観察すると関西でも大きな地震が起こることが分かります。これは、地理学者、地質学者や地震学者はみんな知っていましたが、一般の人には伝わっていませんでした。この反省を踏まえ、科学的な知見へ誰でもアクセスできるようにこの地図を作っています」


「この地図は、能登半島地震が起きたときに批判を受けました。能登半島は黄色くなっていて、太平洋側に比べると揺れの確率が低く見える。『安全宣言になっていたのではないか』というご批判をいただいたんですね。
この地図は約250メートル四方で作られていて、輪島市を拡大していくと、30年以内に震度6弱以上の揺れに見舞われる確率が6%になっている区域があります。
『6%は高いのか』と疑問に思うかもしれませんが、統計(※1)によると30年以内に交通事故で負傷する確率は12%、30年以内に火事に遭う確率は0.94%です。交通事故に遭うよりは少ないが、火事に遭う確率よりはずっと高い確率で強い揺れになる可能性があることはあらかじめ分かっていました。
火災保険に入ったり交通事故の対策をするように、耐震化を始めとする地震への備えをする必要があったんです。分かってはいたけれども、残念ながら届いていませんでした」

また平田さんは、2024年8月8日に発表した、南海トラフ地震臨時情報「巨大地震注意」の受け止め方からも防災意識や行動の問題を感じたと語る。
「南海トラフ地震臨時情報『巨大地震注意』は、日向灘を震源とするマグニチュード7.1の地震が起き、南海トラフ地震の発生する確率が高くなったため出しました。『地震が必ず起きますよ』という地震予知の情報ではない点に留意が必要です。
地球上でマグニチュード7.7以上の地震が起きて、その周辺で1週間以内に8.0を超えるような大きな地震が起きた例を調べると、約1400回に6回、同様の事例が確認されています。多めに見積もって1%です。
その事実を受けて今回は『100回に1回程度の確率で巨大地震の可能性がある』『仮に巨大地震が起きたらかなり大きな被害が出ます』という2つのメッセージに加え『日頃からの地震への備えを再確認してください』と呼びかけました。
1週間以内に巨大地震が来るかもしれないから、残念ながら耐震化は間に合いません。日頃からの地震への備えとして、この場合で一番重要なことは、自分の家がどのぐらいの強さで揺れるか、どのぐらいの高さの津波が来る可能性があるかということを再確認することです。津波が来ると分かっている場所の人はどこに逃げるか、誰と逃げるか。
決して海水浴場の遊泳禁止を期待したわけではありません。元々南海トラフ地震は30年以内に80%の確率で起こる可能性があるため、臨時情報が出ていなくても備えておかなくてはいけません。
静岡県伊豆市の土肥海水浴場では海岸に立派な津波避難タワーがあり、津波警報が出たとき、直ちに避難できる場所が用意されています。ここでは遊泳禁止の判断をせず、観光客には地震が発生したときの避難方法をアナウンスで伝えるという対応をしたんですね。
それを知った海水浴客が『土肥ならば大丈夫』だと思い、土肥に旅行先を変えたケースをニュースで伝えていました。いつ地震が起きても大丈夫なように日頃から備えておき、臨時情報がでたときに再度備えを確認する。土肥海水浴場の一連の行動や反応は、臨時情報を出した側の期待通りの対応です。
今回の発表では、『地震が明日にでも来るのではないか』と思った方がほとんどでした。緊迫感を持っていただくのは結構なことなのですが、地震が来ると思っていたのにほとんど何もしない方が多かったのです。
認知度が上がったのは良いことですが、住民の防災行動に繋がっていないことは問題であると捉えています」
最新の科学技術をもってしても「いつ起こるか」と地震を予知することは不可能である。しかし、「いつまでにどのくらい起きるか」というリスク(不確実性)は分かっており、誰でも見られる形で共有されている。しかし、それらの情報は知られていないだけでなく、正しく活用されていないのが現状である。
全国地震動予測地図や南海トラフ地震臨時情報は国民の地震情報に対するリテラシーの問題や課題を浮き彫りにした。これらは住宅の耐震化を始め、地震防災が中々進まない要因にもなっている。
※1:国家公安委員会 警察庁「令和元年警察白書」・消防庁「令和元年版消防白書」から計算された数値
自分だけは大丈夫——と思い込ませる「認知のゆがみ」とは
ここまで読んで「自分は無意識に大丈夫だと思っていた」と感じた読者もいるのではないだろうか。
人間の認知は常に正しいとは限らない。先入観や思い込みによる認知のゆがみ「認知バイアス」によって誤った判断や危険な行動をしてしまうときがある。
防災や避難行動を誤らせる認知バイアスとして「正常性バイアス」がよく知られている。異常な事態に対して正常なことであると判断してしまう認知の特性であり、避難や備えをしなくてはいけないときに「自分だけは大丈夫だろう」と誰でも思い込んでしまう可能性がある。
東京大学先端科学技術研究センターの廣井悠教授は「特に地震は人間の認知を誤らせる性質がある」と指摘する。

東京大学・教授。1978年10月東京都生まれ。専門は都市防災、都市計画。内閣府「首都直下地震帰宅困難者等対策検討委員会」座長、内閣官房「防災庁設置準備アドバイザー会議」専門委員等も務める。
著書:『知られざる地下街』(河出書房新社)『これだけはやっておきたい!帰宅困難者対策Q&A』(清文社)。
「巨大地震は不確実性が高く、非常に再現期間が長い現象です。そのため、リスクや確率を説明しても正しく認知されない可能性があります。
降水確率を例として考えてみます。確率が30%、50%、70%の場合で傘を持っていくかどうかは、何百回もトライアンドエラーしているから自分の経験で判断できる。『30%でも雨に降られたから、今度は30%でも傘を持っていこう』と考えることができます。しかし、非常に発生頻度が低い巨大地震ではそのような気づきのきっかけが少ないのです。
我々が地震現象を体験するときは、小規模な地震であることがほとんどです。よって、地震が発生しても被害が出ない経験ばかり積んでいくことになります。そうすると『地震が起きても大丈夫だろう』と防災行動をしない方向に地震を認知してしまう可能性もあるのです。
また、心理学的な要因として人間は不確実な未来に対して投資はしないという特性もあります。防災に限らず、人間は確率的な問題に対する意思決定が苦手な動物なんですね」
では、どのように情報を伝えれば認知をゆがませずに、適切に行動できるようになるのか。NHKエデュケーショナルと行なった研究を踏まえ、その糸口を廣井さんは語る。
「過去のモノクロで撮られた被災映像をカラー映像にする取り組みが視聴者にどのような影響を及ぼし、その結果どのような防災行動をするのかNHKと調査をしました。
驚くべきことに、モノクロの映像を見ていた方が防災行動をしていたんです。一方で防災対策をしている割合がカラー映像では少なくなりましたが、カラー映像の方が、安否確認の方法を決めておくなど、現代で言われている形で対策を工夫している傾向がみられました。
この理由はおそらく、モノクロ映像には恐ろしさを感じやすくする性質があるのではないかと考えられます。なので、映像を見せられて恐怖感情が喚起されて、防災対策をするようになるのですが、一方で、恐怖感情に基づく行動変容は、欠点もあります。つまり、見た映像にイメージを縛られてしまうという点です。このような場合、自分ごとにする余裕がなくなり、工夫せずに伝えられたままの一辺倒な対策をするだけの状態になってしまう。
したがって、この実験からはカラー映像とモノクロ映像は、どちらもメリットとデメリットがあるという結論になりました。
少なくとも、恐ろしさが防災行動を喚起することは間違いありません。ただ、それにもやはり限界があります。効果的な防災対策は住んでいる場所や家族構成によって異なることもありますが、災害の恐ろしさだけを伝えても、典型的な対策だけで終わってしまい、個人の事情に適合した対策を選べない人が増えるだけなのかもしれません。
では、どうすれば伝わるようになるか。
我々が人と会話する時、『この人は何を考えてるのだろう』と考えながら話し方を変えたりしますよね。それと同じで、行政やメディアも地震の実態を伝えたり、恐怖を喚起させるCGを使って見せて終わりにするのではなく、受け手の反応を確認して、小出しにしていく。手を変え、品を変えながら災害や防災の情報を工夫して伝えることが必要です」
情報や知識の不足も耐震化が進まない要因であるが、それらの背景には認識のゆがみや誤りなど、「誰にでも起こりえる認知の問題」が潜んでいる。
本記事では住人が耐震化を難しくしてしまう資金や情報の不足を見てきた。

耐震化が進まない要因を住民の立場から見ると、費用の高さ、情報や知識の不足などの問題があった。
これらのハードルを越えて耐震化を進めるためには、費用負担に対する補助や啓発活動が必要である。そして、それらの対応を各地域で、最前線で取り組んでいるのが地方自治体である。
自治体は耐震化のサポート役としてさまざまな課題に直面している。次回、第4回では住民の耐震化をサポートする自治体が情報発信や補助施策で苦悩している実態に迫る。
※以下の箇所に誤字が認められたため修正いたしました。
・2025年7月16日
章名
修正前:「住宅の耐震化が進まない構造」
修正後:「住宅の耐震化が進まない理由」
編集後記
「南海トラフ地震臨時情報『巨大地震注意』」が発表されたとき、正直私は「いつ来るか」ばかり気にして「何を備えれば良いか」という思考に至っていませんでした。情報を正しく受け取り、判断して行動することは難しいと身をもって知りました。
本記事において、自治体へ取材したときも情報発信の難しさを指摘する声が挙がりました。次回の記事では発信側の苦悩に迫る一方で、どうすれば住民に伝わり、行動につなげることができるかを考えていきます。

令和8年熊本地震で亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げます。また、一日も早く被災されたみなさまの安全が確保され、平穏な日々を取り戻されることを、心よりお祈り申し上げます。
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