「2000年からたびたび腰痛に見舞われたり、足の付け根が痛んで動かなくなったりということがありました。翌年には立てないほどの激痛で倒れてそのまま入院、休職。各地の病院で診てもらったのですが、何の病気かわかりませんでした。医師にも周囲の人々にも病状を理解してもらえず、辛い思いもしました。難治性血管奇形と診断が下ったのは2010年になってからです。健康保険が使えない治療もあるので、どんなに安くても年間150万円ほど医療費がかかります。なので、診断が下ってからだけでも1000万円以上かかっていますね」
そう語るのは、山口県庁職員の有富健(つよし)さん。
自身の病気、難治性血管奇形について「簡単に言うと、血管がもつれて腫瘍化する病気です。血管のねじれで血流が滞ったところは筋萎縮や壊死を起こす可能性があり、反対に血液が過剰に流れ込んだところでは血管が破裂してしまう可能性もあります。血管がねじれることで血流が変わり、何が起こるかわからない怖さがあります」と説明します。
自身の病気について説明する有富さん。
難治性血管奇形は、命にかかわることもある病気ですが、根本的な治療法が確立していない難病の一つです。
3000〜5000とも、5000〜7000とも言われ、どれだけの数あるかもはっきりとわからない「難病」。
ニュースなどでも見かけることばですが、実は医学的な定義のあることばではありません。
ただ、法的には定義されています。
2015年の難病法では、
①発病の機構が明らかでなく(原因不明)
②治療方法が確立していない(治療法未確立)
③希少な疾病であって(希少性)
④長期の療養を必要とするもの(長期の生活面への支障)
という四つの条件に当てはまるものを、難病としています。
この中でもさらに、
①患者数が本邦において一定の人数(人口のおおむね0.1%程度)に達しないこと
②客観的な診断基準(又はそれに准ずるもの)が確立していること
という要件を満たし、厚生労働大臣が指定した難病は「指定難病」と呼ばれ、現在331疾患が該当します。
指定難病には医療費助成があり、医療費の自己負担の割合が3割から2割に引き下げられます。所得にもよりますが、自己負担も月額最大3万円と定められています。
最近では、制度変更によって軽症者が助成対象から外されるという事態もあり、指定難病だからといって金銭負担から完全に解放されるわけではありません。
根治方法が見つかるまで、長年にわたって必要となる医療費は当事者にとっては重要な問題です。指定難病になるかどうかは、その医療費負担に大きな差を生んでいるのです。
冒頭の有富さんも、当事者団体をつくり指定難病化を目指して活動してきましたが、指定難病となるための要件の二つ目である「客観的な診断基準(又はそれに准ずるもの)が確立していること」が現状では満たせておらず、難しい状況といいます。
ここからわかるのは、診断基準が確立する程度に調査・研究が進んでいる疾患でないと、そもそも指定難病にすらなれない現実——。
そのため当事者団体は、調査・研究が進むよう研究者に協力したり、厚生労働省に働きかけたりといった取り組みを行っています。
こうした指定難病の仕組みについて、特定非営利活動法人「医療ガバナンス研究所」(東京都港区)の理事長で医師の上昌広さんは「役人が、救う患者と救わない患者を決めることになる」と問題視します。
現状の制度の問題点を指摘する上さん。
現状の医療では治らない病とともに生きる難病当事者たち。
指定難病とそれ以外の難病で、病状に差があるわけではありません。
しかし現状では、国の基準によって同じように困難を抱えている当事者間に線引きされているのです。
本特集では、この線引きによって、指定難病となっていない当事者にどのような問題が生じているのか。また、こうした問題を解消するにはどうすればいいのかについて見ていきます。
第1章「難病当事者の実態」
第1回【「365日休みがない」難病の日々】では、指定難病の一つである膠原病(全身性エリテマトーデス)の森幸子さんの、発症から現在までの話を通して、つねに病とともに生きていく難病当事者の暮らしについて考えます。
第2回は【医療費だけで1000万円以上…難病のリアル】。指定難病ではない難治性血管奇形の有富健さんのエピソードです。第1回の森さんと比較して見ていくことで、指定難病とそれ以外の難病で、病状の辛さに何ら差異がないことがわかります。
第2章「制度の問題点」
第3回は【「いつか治るかも」指定難病化に希望を見出す当事者たち】。指定難病とそれ以外の難病では、医療費助成の有無による金銭負担の差があります。当事者はそのほかにも「希望や情報の格差もある」と指摘します。
第4回【当事者にはどうしようもない「線引き」】では、指定難病化を目指しつつ、当事者ではどうしようもない要件のために困難を抱える人々の姿を通して、果たして現行制度のままでいいのかを考えていきます。
第3章「指定難病の枠組みを超えて」
第5回【「制度の谷間」をなくすには】では、支援からこぼれ落ちてしまう人を生む現状の枠組みを、どのように変えていけばいいのかを考えていきます。
第4章「安部コラム」。
【リディラバ安部の考える「難病政策」】では、編集長・安部敏樹が考える難病制度の問題点について綴ります。