「まさか自分が日本に行くことになるなんて思っていなくて。浮かれている気持ちもあれば、不安もありました。日本に行ったら、1〜2ヶ月くらい遊んで過ごすと思っていたんです。だけど、日本に到着した次の週にはもう学校に行くことになっていて……」
こう語るのは、2001年にミャンマーから来日したロヒンギャ系日本人の長谷川留理華さん。父親が難民として日本に住んでいたため、小学校6年生のときに母と姉とともに呼び寄せられた。
24歳のときに帰化し、今は日本国籍を持つ長谷川さん。
当時、小学校で外国籍の子どもは長谷川さんひとりだけだったという。
小・中学校ではクラスメイトにからかわれ、「思い出したくないような毎日だった」と長谷川さんは振り返る。
家族とは主にロヒンギャ語で会話し、日本語はテレビや週2コマの日本語の授業で学んできた。
「日本語はまったくできなかったのですが、テレビが大好きだったので、テレビを見たり、人が話しているのを真似したりして覚えたんです。分からない言葉があれば辞書を引いて調べて。みんなが小・中学校9年間かけて覚えてきたことを、3年間に凝縮して勉強しました」
増える「外国にルーツを持つ子どもたち」
今回の特集テーマは「外国にルーツを持つ子どもたち」。
「外国にルーツを持つ子どもたち」と一口に言っても、生まれた土地や両親の国籍、来日の経緯などそのバックグラウンドは多様だ。
長谷川さんのケースのように親が先に来日し、子どもを呼び寄せることもあれば、来日した外国人が日本人のパートナーと国際結婚し、子どもを生むこともある。
外国籍の子どもだけではなく、日本国籍を持つ子どもも含まれる。
本特集では、中でも日本語の理解が不十分な子どもたちが日本で教育を受けるうえでの課題に着目。学校や家庭、地域社会など、子どもたちを取り巻く環境にどのような課題があるのか紐解いていく。
文部科学省の調査(2016年度)によれば、日本語指導が必要な外国籍の児童生徒数(高校生も含む)は3万4335人。日本国籍の日本語指導が必要な児童生徒も増えており、9612人いるとされる。
まったく日本語が分からないという子どももいれば、日常会話は理解できても、学習における日本語が理解できずに学校の授業についていけない子どももいる。
「日本語指導が必要な外国籍の児童生徒数」(出典:「日本語指導が必要な児童生徒の受入状況等に関する調査(平成28年度)」)
「日本語指導が必要な日本国籍の児童生徒数」(出典:「日本語指導が必要な児童生徒の受入状況等に関する調査(平成28年度)」)
法務省によれば、2018年6月末時点の在留外国人数は263万に上り、過去最多だ。これは日本の総人口の約2%にあたる。
4月1日からは改正出入国管理法が施行され、家族を帯同して就労できる新たな在留資格が設けられる。
そうした中、外国にルーツを持つ子どもたちは、今後ますます増えていくと予測される。
政府が成長戦略をまとめた「日本再興戦略 2016」では、初めて「外国人受入れ推進のための生活環境整備」について言及された。その中には「可能な限り早期に日本語指導を必要とする外国人児童生徒の日本語指導受講率100%を目指す」と明記されている。
しかし、多くの地域では日本語能力が不十分な子どもへの支援体制は未整備で、対応は現場の教員に委ねられているのが現状だ。
外国にルーツを持つ子どもたちが日本語や教科を学ぶフリースクールを運営する、認定NPO法人多文化共生センター東京代表の枦木典子さんは、「学校に入っても、コミュニケーションがとれずに一日中黙って座っていたり、授業の内容がまったく分からずに学校生活が過ぎていってしまったりする子どももいるんです」と話す。
学校に在籍しない子どもたち
外国籍の子どもは、学校に行かない「不就学」にもなりやすい。日本国籍を持つ者だけが義務教育の対象とされており、外国籍の子どもには「就学義務」がないからだ。
2018年に全国100自治体を対象に行った毎日新聞のアンケート調査によると、日本に住民登録し、小・中学校の就学年齢にあたる外国籍の子ども約7万7500人のうち約1万6000人が、学校に通っているか確認できないという。(毎日新聞「外国籍の子 就学不明1.6万人 義務教育の対象外」、2019年1月7日)
また、親からの呼び寄せなどで義務教育期間を過ぎて来日した子どもたちは、他の子どもたちと年齢が異なるため、基本的には日本の小・中学校に入れない。
日本語が分からなければ、高校に進学することもできない。
こうした中で、学校に行けない子どもたちや、日本語能力が不十分な子どもたちの学習支援は、主にボランティアによる地域の学習室や日本語教室などが担ってきた。
認定NPO法人多文化共生センター東京が運営する「たぶんかフリースクール」は、外国にルーツを持つ子どもたちが集中して日本語を学べ、平日の昼間に毎日通える学びの場だ。
同センター代表の枦木さんはこう語る。
「学齢を超えて来日した子どもたちは、既卒ということでどこにも学ぶ場がありません。また、義務教育の対象年齢の子どもであっても、学校で『もうちょっと日本語が分かるようになってから来てください』と言われて、『どうか日本語を勉強させてほしい』と相談に来る方もいます」
もともと小学校の教員だったという多文化共生センター東京代表の枦木さん。
しかし、日本語と教科を学べ、平日の昼間に毎日通える学習の場は数少ない。また地域の学習室や日本語教室などでは、ボランティアの確保が困難、運営が不安定という声も聞かれる。
東京学芸大学教授で、多文化共生教育コースを受け持つ藤井健志教授は、「ボランティアの善意だけに頼るのではなく、国、都道府県、市町村のそれぞれが対応していく必要があります」と指摘する。
教育環境の整備は将来への投資
日本語が十分に理解できなければ、当然、高校進学も容易ではない。
来日してからの滞在年数を考慮して「特別入学枠」を設けている自治体もあるが、大半の子どもたちは限られた期間で日本語を勉強しながら、一般入試を乗り越えなければならない。そのため進学のハードルは高い。
藤井教授は、「日本では高校に行けなければ、働き口も限られてしまいますよね。適切な教育を受けられないことによって、働き口がなく、行き先が見つからない子どもが出てくることもありえます」と懸念する。
藤井教授は次のように続ける。
「政府は移民政策はとらないと主張していますが、外国人を単に労働力としてだけ受け入れようとすると、子どもへの教育は蔑ろにされてしまいます。けれど一方では、外国にルーツを持つ子どもたちは確実に増えています。やはり国として責任をもって、子どもたちが教育を受けられる環境を整えていくようにすべきだと思います」
外国人の子どもたちも適切な教育を受けられる社会にしていかなければ、就労先としても選ばれない国になりうる。
では、日本語能力が不十分な子どもたちの教育環境を整えるためにはどのようなサポートが必要なのか。
本特集を機に、長期的な視点を持って、労働者としての外国人だけではなく、その家族や子どもたちのことまで思いを巡らせてほしい。
第1章 学校生活
第1回【グローバル化が進む学校現場】では、外国にルーツを持つ子どもたちが直面し得る言語や文化、宗教の壁について考える。
第2回【学校と家庭という「異文化」の狭間で】では、外国にルーツを持つ子どもたちの家庭と学校とのコミュニケーション、そして親子関係における課題を見ていく。
第2章 地域の学び舎
第3回【学ぶ場が保障されない子どもたちの居場所】では、外国にルーツを持つ子どもたちを支える地域の学習室にフォーカス。自らの意思によらず教育環境が左右されてしまう子どもたちの実情と、彼ら彼女らの教育の権利について考える。
第4回【国籍も年齢も問わない「夜間中学」の今】では、外国籍の生徒が多数を占める夜間中学の実情に迫る。
第3章 高校の壁
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第5回【中退率7倍。「高校で学ぶ」高いハードル】では、外国にルーツを持つ子どもたちが高校進学および高校進学後に直面する課題を浮き彫りにしていく。
第4章 安部コラム
第6回【リディラバ安部が考える「外国にルーツを持つ子どもたちの教育」】では、リディラバジャーナル編集長である安部敏樹が外国にルーツを持つ子どもたちを受け入れる社会の現状や問題点について語る。
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