子どもを狙った性犯罪が相次いでいる。
事件が起これば、加害者の異常性や加害に至るまでの経緯・背景がニュースとして大々的に報道されるが、小児性犯罪そのものの実態はほとんど知られていない。
「数日前から、“そういうこと”ができそうな子どもを探していたんです。学校からの帰宅途中の子どもの後をつけてみたり、商店街のトイレで待ち伏せしたり。そのときは、カッターナイフやガムテープ、ロープを事前に用意していました。子どもが騒いだときのために」
そう話すのは、小児性犯罪経験のある首都圏在住の50代男性だ。
男性は過去に子どもを狙った性加害行為を繰り返してきたという。その動機は「自分の性的興奮のため」。10年以上前の当時を振り返り、こうも語る。
「“それ”ができるのなら、子どもを殺しても構わないとすら思っていました」
多くの人の人生を狂わせる小児性犯罪
「小児性犯罪」と言われる、13歳未満の子どもに対する性犯罪の認知件数は、年間900件以上に上る。
認知されていない被害件数も含めれば、その数は数倍〜数十倍に上るのではないかと言われている。もともと実際に起きている件数よりも認知される件数が少ないとされる性犯罪のなかでも、子どもに対する被害の場合、犯罪統計に表れない暗数は多い。
理由の一つは、被害に遭っても、子どもは「被害」という認識を持てないことだ。そのため、後にPTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症して被害が発覚するケースもある。
性犯罪被害に詳しい上谷さくら弁護士は、「子ども時代の被害は闇に葬られやすい」と話す。
「とくに小児性犯罪は、被害に遭ったことを口止めされることがあります。私が担当した事件でも、加害者は子どもに対して『お母さんに絶対言っちゃ駄目だよ、言ったら地獄に行くよ』と言っていました。その子は被害に遭ったことを数カ月間、誰にも言えずにいたんです」
「それに、小児性犯罪の被害届出数はとても少ないと思います。子どもはもちろんですが、親としても自分の子どもがそうした被害に遭ったことは隠したいと思ってしまう。子どもだからわからないし、なかったことにしてしまいたいという気持ちもある。親のショックと怒りは計り知れません」
上谷弁護士が以前に担当したあるケースでは、性被害に遭った子どもがPTSDを負い、また被害の実態を知った母親もPTSDになった。心身ともに傷つき、壊れていく娘と妻を支える父親も憔悴しきっていたという。
性犯罪は「魂の殺人」とも言われるが、子どもに対する性加害は子どものその後の人生に苦しみをもたらすことにもなる。そして、子どもを取り巻くすべての人の人生にも影響を及ぼすのだ。
必要なのは加害者に対するアプローチ
「アメリカでは、エイブルの研究で一人の性犯罪者が生涯に出す被害者数の平均は380人というデータがあります。ところが、ある刑務所の性犯罪者グループでこの話をしたところ、『その数字は少ない』という反応が多かったんです。小児性犯罪を繰り返していたある人は、少なく見積もっても被害者はその3倍はいるんじゃないかと言っていました」
そう語るのは、大森榎本クリニック精神保健福祉部長で精神保健福祉士・社会福祉士の斉藤章佳さんだ。これまでにクリニックをはじめ刑務所や拘置所、警察署で100人以上の小児性犯罪者の治療に携わってきた。
斉藤さんが治療した30代のある男性は、中学生のときに性的な暴行を含むいじめに遭い、不登校になった。その頃から小学生を盗撮するようになり、高校生になると通学時に小学生を狙った痴漢行為に及ぶようになったという。
その後、近所のマンションで遊んでいる小学生を狙い、ズボンを下ろして性器を触るなどの犯行を繰り返した。住民の通報によって逮捕され、執行猶予付きの保護観察処分になった。現在、男性は治療プログラムに参加している。
「あるとき、逮捕までにどのくらいの加害行為をしてきたかについて聞いたんです。彼は、未遂も含めると2000人くらいの被害者がいたんじゃないかと言っていました」
一人の加害者によって複数の被害者が生まれてしまう。それは、性的嗜癖行動(性依存症)を伴う性犯罪者の加害を止めない限り、被害者が絶えないことを意味する。
「被害者をケアするのはもちろんですが、同時に加害者の犯行を防ぐことにも取り組まないといけない。とくに小児性犯罪の再犯率は、他の性犯罪の刑法犯と比較すると上位に位置します。こうしたデータだけでなく、実際に私が勤めるクリニックを受診する小児性犯罪者の人たちは繰り返し加害を行ってしまう人が多いのが現実です。これから出てしまうかもしれない被害者を減らすためには、一人の加害者の性加害を止めることが必要なんです」
法務総合研究所の調査によれば、小児わいせつ型の犯罪を犯し、かつ前科が2回以上ある人の内、前科が小児わいせつ型犯罪である人の割合は84.6%に上る。
小児性犯罪を取り巻く課題
本特集では、小児性犯罪を取り巻く現状を構造的に捉えることを試みる。
その視点からは、子どもに対して性的関心を持つ経緯から、犯罪化しても発覚しづらいこと、逮捕されて性犯罪者向けの特別プログラムを受講してもその効果が疑問視されることなどが見えてくる。
これらの構造を踏まえた上で、小児性犯罪という事件に潜む病理を解き明かし、どのようにして新たな被害を生まない仕組みをつくれるのかを考えたい。
第1章 子どもに対する性的関心への“目覚め”
第1回【小児性愛者が“小児性犯罪者”に変わるとき】では、小児性犯罪者のなかでも多いと言われる小児性愛という性的嗜好について触れ、その解釈について考える。
第2回【社会から排除される「小児性犯罪者」の実像】では、小児性犯罪者はどのように自らの性的嗜好を自覚し、何によって影響を受けるのかを浮き彫りにしていく。
第2章 小児性犯罪、加害者側から見た実態
第3回【元小児性犯罪者の告白「殺しても構わないと思っていた」】では、子どもに対する加害行為を繰り返していたという当事者の語りから、加害の実態に迫る。
第4回【「子どもへの性的興奮は消せない」元小児性犯罪者の苦悩】では、やめたくてもやめられないと言われる小児性犯罪の元加害当事者の現在について聞いた。
第3章 発覚しない子どもへの性被害
第5回【子どもが受ける性被害はなぜ発覚しないのか】では、被害を受ける子どもの実例から、“不可視化”される小児性犯罪の実態を明らかにしていく。
第6回【実父からの性的虐待 「“被害”と認識していなかった」】では、子ども時代に実父から繰り返し性虐待を受けていたという被害者が語る。
第4章 小児性犯罪、加害者のその後
第7回【「厳罰化」だけでは防げない小児性犯罪の実態】では、小児性犯罪が発覚し、逮捕されてからのその後を描くとともに、刑務所内で行なわれる治療プログラムの問題点を浮き彫りにする。
第8回【反省の深さと再犯率は相関しない…小児性犯罪者の治療の現実】では、小児性犯罪者の治療を取り巻く現況を整理しつつ、反省以上に必要な再犯防止に必要なことを考える。
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子どもやその家族に大きな苦しみをもたらす小児性犯罪。当事者を取り巻く実態には、どのような現状があり、どのような課題があるのか。本特集を通じ、考える機会にしてほしい。
※本記事に関し、指摘を受け再調査を行ったところ、以下の箇所に事実誤認、誤解を招く表現が認められたため修正いたしました。
・2024年1月26日
以下の箇所に事実誤認が認められたため、次のように修正いたしました。
修正前:「法務総合研究所の調査によれば、性犯罪前科が2回以上ある小児わいせつ型の人の再犯率は84.6%にも上る」
修正後:「法務総合研究所の調査によれば、小児わいせつ型の犯罪を犯し、かつ前科が2回以上ある人の内、前科が小児わいせつ型犯罪である人の割合は84.6%に上る」
・2024年3月8日
以下の箇所に説明不足により誤解を招く表現が認められたため、次のように修正いたしました。
修正前:「とくに小児性犯罪は、性犯罪のなかでも再犯率が高いことで知られています」
修正後:「とくに小児性犯罪の再犯率は、他の性犯罪の刑法犯と比較すると上位に位置します。こうしたデータだけでなく、実際に私が勤めるクリニックを受診する小児性犯罪者の人たちは繰り返し加害を行ってしまう人が多いのが現実です」