「子離れできるか」が、子どもの自立の鍵になる――障害を持つ子の親になって感じること、考えること(後編)
「子離れできるか」が、子どもの自立の鍵になる――障害を持つ子の親になって感じること、考えること(後編)
誰しも、障害児の親になる可能性はある。障害のある我が子を育てる過程のなかで、健常児の子育てとは違う壁にぶつかったり、考え方が大きく変化したりすることもあるだろう。
株式会社こうゆう 花まる学習会代表の高濱正伸さん、 NPO法人AlonAlon理事長の那部智史さん、株式会社ビズリーチ代表取締役の多田洋祐さんには、それぞれ障害がある子どもがいる。
後編では障害がある子どもを持ったことによる自身の変化や、障害児を育てるなかで感じた社会の課題、心がけていることについて話を聞いた。
※本記事は、リディラバが主催する社会課題カンファレンス「リディフェス」のセッション「障害を持つ子の親になって感じること、考えること」を記事にした後編です。
長女に妹がダウン症だと説明すると…
高濱正伸 僕の場合、もともとは、親を騙してもらったお金を全額競馬に使うようないい加減な人間だったんですね。でも息子が産まれてからは、すごく真面目に働くようになりました。風が吹けば笑うようなピュアな息子といると「なんとしても勝ってやるぞ」とか「儲けてやろう」みたいな気持ちが消えて、シンプルにやりたいことに邁進できるようになった。
夜、寝るときに息子の隣へ行くと、僕を抱きしめて背中をトントンしてくれるんですね。そこで、スーッと心が晴れます。
おふたりは、障害のある子が産まれてかかわってきたなかで、ご自身の気持ちの変化はありますか。
那部智史 私は、息子のことは「自分の人生のナビゲーター」だと思っています。もともとはサラリーマンで、息子が産まれて数年後に起業したのですが、そのときも「障害児がいるんだから、この子のためにもっと稼がなくては」と思ったのがきっかけでした。
会社を売却してNPO法人を始めたのも、息子がきっかけです。それまでは、息子の障害を受け入れられず、息子は「NGな存在」だと思っていた。
でも自分が40歳になったときにふと「うちの息子は何も悪いことはしていない。息子のことを受け入れない社会こそが『NG』なんじゃないか」と気づいて。そのとき、自分が経営する会社が自分のなかで何の意味も持たなくなったので、売却を決めたんです。
私の場合は息子と二人三脚でやっていくことで、私の人生も彼の人生も、意味のあるものになっているのではないかなと思います。
(写真 那部智史さん)
多田洋祐 僕の場合はまだ子どもも小さいので経験が浅いのですが、少し前まではどこかでダウン症の娘のことを「隠したい」という気持ちも、自分のなかにあったと思います。
あるとき、下の娘を抱っこ紐に入れて、上の子の幼稚園にお迎えに行ったことがあったんです。そこにいたほかの園児たちに「赤ちゃん見せて」と言われたので、抱っこ紐を外して見せたんですね。
ダウン症の子は特徴的な顔立ちをしているので、娘の顔を見て「怖い、お化けみたい」と言われてしまって。その言葉が、心に突き刺さってしまったことがありました。
でも上の子は、下の娘のことを隠そうなんて思っていなくて、「なんであんなことを言うんだろうね、こんなに可愛いのに」と言っていて。
その後、娘も小学校にあがるということで下の娘の障害についてくわしく説明しておこうと、ダウン症について夫婦で伝えたんですね。「この子はダウン症という障害があって、珍しいものを持って産まれてきたから、普通の人とは違うんだよ」と。
そう話したら、上の子は「え、特別なんだ! すごいじゃん」と。結局、子どものときに障害をどういうふうに捉えるか、障害について知っているかどうかによって、見え方も変わるんだなと知りました。いま、上の子は下の娘を誰よりも可愛がっているし、障害者に対して何の偏見もない子に育つんだろうなと感じます。
幼少期から、当たり前のように自分と違う子が同じ環境のなかに一緒にいることは、とても大切だと思います。これからは、娘のことは隠さずどんどん社会と触れ合わせて「こういう子もいるんだ」と、多くの子どもたちに知ってもらえればいいなと思っています。
健常児と障害児の壁は大人がつくっている
高濱 健常者と障害者の間に壁をつくってしまう問題は、むしろ大人のほうにあるのではないかと思います。子どもの場合、障害のある子と一緒に寝泊まりすればすぐに仲良くなれるし、障害についても理解できるようになる。
でも、大人は障害に対する経験や情報がない人が多いから、健常児と障害児を一緒に過ごさせることに対して「何かあったらどうするのか」と、できない理由を探してしまう。
(写真 高濱正伸さん)
那部 私にも、その経験があります。私が障害児をもって、最初に心が折れそうになった経験が保育園探しのときだったんです。
どの保育園も「障害を持っている子も受け入れます」と書いてあったので「うちの子には知的障害がありますが、預かってもらえますか」と頼みにいきました。でも「何かあったら…」と、断られつづけました。
結局「親が保育園に常駐する」という条件で、なんとか入園できるところを見つけて。親が子どもを見られない時間に保育園に預けるのだから、本来はおかしいんですけどね。
高濱 自分のことはいいけれど、我が子が社会から受け入れられないというのは、本当につらいですよね。
うちの場合は年中から幼稚園に入ったのですが、そこが本当に素晴らしいところで。息子のことも、当然のように受け入れてもらえました。同じ園の女の子に本気で惚れられて、キスされていたり(笑)。
そういう環境からスタートしたこともあり、息子は「社会は、世の中の人は、俺のことを好きなんだ」という感覚を持った人間に育ちました。障害児がほかの子と一緒に育つとき、自分のことを認められたり求められたりするという経験をするのは、すごく大事だと思います。
親コミュニティのグループで救われた
高濱 うちの場合、周囲の先輩からの情報をすごく参考にしました。夫婦だけでやっていこうとすると煮詰まってしまうので、外につながりを持つことは必要だと思っています。お二人はお子さんの障害を知ってから、どうやって情報を入手してきましたか。
那部 障害をお持ちの親御さんの会や、障害児向けのイベントなどに積極的に参加することで、先輩方から情報が得られるようになりますよね。「そういう会やイベントに参加しないと情報が得られない」というわけではないけれど、参加することで、情報を得やすくなるという面はあると思います。
(写真 多田洋祐さん)
多田 我が家も、最初はダウン症のことについてネットや書籍を参考にしていました。ですが途中からダウン症協会の方を紹介いただいて、そのつながりで自分たちが住んでいる地域のコミュニティに入れてもらって、定期的に交流しています。
下の娘が生後3ヶ月くらいのとき、娘の症状をおかしいと感じた妻が「何かある気がする」と不安に感じてコミュニティのLINEグループで相談したら「今すぐ病院へ行ったほうがいい」と、別のお母さんに言われて。
結果としては点頭てんかんで、すぐに病院へ行ったことで事なきを得ることができました。コミュニティに所属して先輩たちから話を聞くのはいいことしかないと思うので、早い段階からやってもいいと思いますね。
過保護は子どもを不幸にする
高濱 障害児の問題を考えるときに、実はその子自身の問題ではなくて、親に問題があるケースは少なくないと思います。とくに問題なのが、いわゆる過保護で子離れできない親。
僕たち夫婦は、息子を施設にお泊まりさせて飲みに行ったり、旅行へ行ったりすることもあります。最初は悪いことをしている気持ちになりましたが、別の障害児を持つ親御さんから「自分たちが死んだ後もこの子が生きていくためには、よそでも平気で泊まれる子にしないといけないよ」と言われて。
息子も毎回楽しそうにお泊まりに行っていて、以前、僕たち夫婦が一週間以上ヨーロッパ旅行へ行ったとき、妻は「再会したら息子が泣き出すんじゃないか」と心配していたんですね。でも当の本人は「もう帰ってきたのかよ」という顔をしていて(笑)。
親が子どもを「可愛い」と思う気持ちは、過保護という魔物に取り込まれてしまうことにもなりかねない。いずれこの子は親以外の人と生きていかないといけないのだから、あえて離れる機会をたくさん持つことも必要だと思っています。
那部 私も「親亡き後を考える」ことは、すごく大事だと思います。障害のある子の場合、特別支援学校を卒業したらなるべく早いうちに、短期でもいいので親から離れることで、自立心が芽生えてくるようになると考えています。
可能であれば、たとえば一人で生活してみて、自分で洗濯や掃除をやってみるとか。親元にいるとどうしても親がやりがちなので、なかなかそういう経験ができないんですよね。
一番大変なのが、子どもが大人になっても、親がずっと面倒を見ていたケース。そうすると親が亡くなったときに、その子は、何もできない状態でひとり残されてしまいます。
多田 これは障害の有無とは無関係かもしれませんが「親自身が子どもの可能性を信じられているか」ということは、大きいと思います。
僕も、障害のある娘にできることを、最大限伸ばしてあげられたらいいなと思っています。そのためには、厳しくすることもあるかもしれません。でもそれが、その子なりの自立を信じることにもつながるのかなと。
高濱 障害児の親御さんは「この子は私がいなきゃ」という想いが人一倍強い。でも、案外子どもは、自分でやっていける力を持っているんですよね。
周りの人とご飯を食べたり寝泊まりする機会をつくるとか、できるだけたくさんの経験をさせてあげることが大切だと思います。
那部智史さん
1969年東京生まれ。2000年IT企業を起業、10年間で取扱高400億円まで成長させる。2013年NPO法人AlonAlon設立、障がい者所得倍増議連設立。2017年AlonAlonオーキッドガーデン開設、A&A株式会社設立。NPO法人AlonAlon理事長、A&A株式会社代表取締役社長、一般社団法人Get in touch理事、神奈川工科大学非常勤講師。
多田洋祐さん
2006年、中央大学法学部卒業後、エグゼクティブ層に特化したヘッドハンティングファームを創業。2012年、株式会社ビズリーチに参画し、2020年2月、現職に就任。”すべての人が「自分の可能性」を信じられる社会をつくる”をミッションに後世に価値ある何かを残したいと考え、日本の働き方の変革に挑戦中。二児の父。次女はダウン症(21トリソミー)。
高濱正伸さん
1959年熊本県人吉市生まれ。県立熊本高校・東京大学農学部、同大学院農学系研究科修士課程修了。花まる学習会代表、NPO法人子育て応援隊むぎぐみ理事長。算数オリンピック作問委員。日本棋院理事。1993年、「この国は自立できない大人を量産している」という問題意識から、「メシが食える大人に育てる」という理念のもと、「作文」「読書」「思考力」「野外体験」を主軸にすえた学習塾「花まる学習会」を設立。会員数は20000人を超す。また、同会が主催する野外体験企画には、年間約10000人を引率したいる。佐賀県武雄市での官民一体型学校「武雄花まる学園」をはじめ、全国で公立小学校の支援を続けている。『小3までに育てたい算数脳』『わが子を「メシが食える大人」に育てる』『算数脳パズルなぞぺ~』シリーズ、『メシが食える大人になる!よのなかルールブック』など、著書多数。関連書籍は200冊、総発行部数は約300万部以上。「情熱大陸」「カンブリア宮殿」「ソロモン流」など、数多くのメディアに紹介された。ニュース共有サービス「NewsPicks」のプロピッカー、NHKラジオ第一「らじるラボ」の【どうしたの?~木曜相談室~】コーナーで第2木曜日の相談員を務める。
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