「摂食障害かもと思ったのは、生理が止まったとき。体重も30kg台になって、腕の血管は浮き出ていました。体脂肪を図ろうとしても、エラー表示になりました。身体はガリガリに痩せて体力もなくなって、やばいって思ったんだけど、体重を元に戻すことがすごく怖かった。普通に食べるという行為ができなくなっていたんです」
こう語るのは、金子浩子さん。当時、身長155センチ、体重57キロだった金子さんは、大学2年生の秋からやせ始め、大学4年生時には体重が34キロまで減少しました。
拒食症で35キロになったときの金子さん。
しかし、その翌月からは過食症に移行。研究室のストレスや、卒業後の進路を決めなければならない焦りから、コンビニで菓子パン10個ぐらい買ってきて一度に食べては吐くといった生活を送っていました。一回の食事につき、6〜7人前は当たり前。
「本当にひどい時には、深夜2時ぐらいから食べ始めて、朝の6時ぐらいまで一晩中、食べては吐いていました。とにかく甘いものが食べたくて、普段我慢してるもの、例えばチョコレートの菓子パンから食べて、とことん自分をいじめてやろうみたいな気持ちでした」
金子さんは、9年経った今もまだ治ったとは言い切れず、拒食症気味のときと過食症気味のときがあるといいます。
摂食障害とダイエットは別モノ
今回の特集テーマは「摂食障害」。摂食障害は、食べることを拒否する「拒食症(神経性食欲不振症)」と、過度に食べ物を摂取する「過食症(神経性大食症)」に大別できます。
厚生労働省は、摂食障害を“心の病気”のひとつとして、次のように定義しています。
単なる食欲や食行動の異常ではなく、1)体重に対する過度のこだわりがあること、2)自己評価への体重・体形の過剰な影響が存在する、といった心理的要因に基づく食行動の重篤な障害です。
体重の増減ばかりが着目されがちな摂食障害ですが、日本摂食障害協会・副理事長で内科・心療内科医の鈴木裕也(ゆたか)さんは、「ダイエットと摂食障害を混同して考えることは間違い」と指摘。
摂食障害の根底にあるのは、「思い描くきちんとした大人として自信を持って社会に出られないこと」と強調します。
単にやせることを目指すダイエットに対して、摂食障害の背景には、家族関係や、対人関係、競争社会におけるストレス、低い自己肯定感などさまざまな問題が絡み合っているのです。
嘔吐を繰り返し、歯はボロボロに
身体へ及ぼす影響も深刻です。鈴木さんは、摂食障害の危険性について次のように話します。
「栄養がものすごく偏ってしまうので、骨粗しょう症になるリスクが上がります。本来は、14〜18歳頃までの一番大事な時期に骨をしっかりつくらなければなりません。ですが、私の摂食障害の患者さんの中には、25歳ぐらいで背骨が圧迫骨折してしまった人もいました。過食嘔吐を繰り返している人の場合は、歯も悪くなりがちです。寝る前に過食する人が多いので、食べてそのまま寝てしまって虫歯になったり、嘔吐時の胃酸で歯が浸しょくされたりします。それから嘔吐や下剤乱用のひどい人は、腎臓がやられて腎機能障害になってしまいます」
金子さんの知人の摂食障害の当事者の中には、過食嘔吐を繰り返した結果、30代で上の歯が総入れ歯になった人もいるといいます。
生殖内分泌を研究している早稲田大学ナノライフ創新研究機構の福岡秀興(ひでおき)教授は、体重が減少して生理がこなくなり、30代ぐらいで既に動脈硬化や骨粗しょう症など、通常は歳を重ねた人がなる病気を発病する人もいると懸念します。
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他の依存症との併発も
摂食障害患者は、うつ病やアルコール依存症、薬物依存症、性的逸脱行為、自傷行為などを併発することもあります。
さらに、万引きをやめられずに繰り返す「クレプトマニア(窃盗症)」を併発して逮捕されることもあるのです。
そのため早期の発見、専門的かつ包括的な治療が重要ですが、専門医や専門的な医療機関が限られており、治療へのアクセスが難しいのが現状です。
誰でもなりうる心の病
2014年10月〜15年9月に行われた厚生労働省研究班の調査によると、摂食障害で治療を受けている患者は、全国に推計2万6000人。うち約9割にあたる2万3000人が女性でした。
しかし、これらはあくまでも治療を受けている人の数であり、実際にはもっと多くの摂食障害患者がいることが想定されます。
平成28年「国民健康・栄養調査」の結果によると、やせの者(BMI<18.5 kg/㎡)の割合は男性4.4%、女性11.6%。
この10年間では女性が有意に増加していることが分かりました。
20歳代の女性のやせの者の割合は20.7%で、5人に1人はやせの状態です。
「やせの者(BMI<18.5 kg/㎡)の割合の年次推移(20 歳以上)(平成 18~28 年)」(出典:「平成28年国民健康・栄養調査結果の概要」)
摂食障害も若年層の女性が多い傾向にありますが、小学生から中高年まで性別を問わず、誰もがかかる可能性のある疾患です。
見た目では分からなくても摂食障害を抱えて苦しんでいる人が読者の皆さんの身近にもいるかもしれません。
摂食障害を社会に起因する心の病として、そして社会問題として捉えなおすことで、自分自身、あるいは家族や友人などが摂食障害になりづらい社会、あるいは摂食障害になっても早期発見し、治療につなぐことができる社会について考えていくきっかけになればと思います。
第一章は【摂食障害になる要因】
第一回【「心のSOS」摂食障害の根底にあるもの】では、摂食障害という病の背景にある問題を探っていきます。
第二回【摂食障害の引き金に…スポーツに潜む危うい環境】では、摂食障害になりやすい環境をみていきます。健康的なイメージのあるスポーツですが、実は摂食障害のきっかけになりうる要因が潜んでいます。
第二章は【摂食障害の実態】
第三回【「食べるのをやめられない」コントロールできない心と身体】では、当事者の声をもとに、深刻な摂食障害の実態をみていきます。
第四回【「盗む行為にとりつかれたようだった」窃盗症当事者の告白】では、万引きを繰り返した末、実刑に至った摂食障害とクレプトマニア(窃盗症)当事者のインタビューをお届けします。
第三章は【摂食障害と治療】
第五回【治療のきっかけは「恐怖」。窃盗症当事者の苦悩】では、第四回に引き続きクレプトマニア当事者のインタビューを中心に、依存症を脱する葛藤に迫ります。
第六回【「太りたくない」摂食障害治療が困難なわけ】では、早期発見・治療が必要とされながらも、治療につながるのが難しい現実を紐解きます。
第七回【摂食障害に市民権を】では、摂食障害を周囲の人がどのように受け止め、サポートしていくのか考えていきます。
第四章は【安部コラム】
第八回【編集長安部が語る「摂食障害」の持つ意味】では、リディラバジャーナル編集長の安部が「摂食障害」特集を通じて考えたことなどを綴ります。
(2018年8月1日17:56 本文中イラストの拒食と過食のイラストが逆になっていたため訂正しました。)