いまこそ学び直し!あべとしきと考える社会問題の構造20
Ridizuba
2020年4月。新型コロナウイルスの感染拡大により、すべての人が、ひとつの社会問題の「当事者」となりました。不安に溢れる今だからこそ、困難な状況にある人たちへの想像力をもち、社会全体で「やさしい関心のセーフティネット」が築けたら――そんな思いで、私たちリディラバは、4月5日から毎日毎晩、社会問題に関するオンライン勉強会「リディズバ」をスタートしました。 熱量あふれる勉強会のようすを、記事と動画でお届けします。
2020/7/3(金)
「脱・家族責任論」これまでとこれからのコミュニティのあり方
2020/7/3(金)
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「脱・家族責任論」これまでとこれからのコミュニティのあり方
2020/7/3(金)
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家族・地域といったコミュニティはこれまでさまざまな役割を担ってきました。しかしいま、コロナ禍において、人と人とが直接触れ合う従来のコミュニティの機能に頼りづらくなっています。

 

そこで今回は、これまでコミュニティがどう機能してきたのか再考しつつ、これからのコミュニティのあり方について、安部敏樹(あべとしき)が語ります。

 

※本記事はリディラバ主催のオンライン勉強会「リディズバ」第9回(4/13開催)を要約・編集したものです。

※動画全編は記事末尾にあります。リディラバジャーナル有料会員の方、もしくは有料会員の方によるシェアURLから記事をご覧いただいている方は、ご視聴いただくことができます。新規ご登録はこちら(非会員の方でも、シェアURLから1週間無料で該当記事を読むことができます)

コミュニティの機能が活かされてこなかった

僕はもともとコミュニティ論に関心があるんですよね。だけど、コミュニティの存在は軽んじられてきたところがあると思っていて。

 

たとえば、コミュニティには子どもの見守り機能があるとしても、子どもの見守りという観点だけで考えると、コミュニティを維持していくのはコストが高くなってしまう。高齢者の寄り合いのための場所という観点でもそれ単体のため、と考えるとそうです。

 

目的に対して費用対効果はどうなるのかという話になったときに、個別の課題に対する解決策としては、コミュニティが最適な方法ではないこともある。

 

特にパブリックセクターだと、タテ割りの弊害もあって、個々の課題に個別で対応していかなければならなかったりする。

 

一方で、社会課題は複雑化していて、いろんな課題が連関し合っています。総合的にみて、複数の問題を解決するという視点でみると、コミュニティの維持やコミュニティを耕すことは費用対効果が高い解決策になりえるんですよね。

 

だけど、新型コロナウイルスという感染症が出てきて、人と人との距離を密にしていくことがむずかしくなってしまった。そうした中で、改めてコミュニティの役割について考えていきたいと思っています。

根強く残る「家族でなんとかしろ」という風潮

一種のコミュニティとして、家族というものがあります。

 

家族という場所は、それが安全地帯になる人もいれば、そうでない人もいます。

 

コロナ禍においても、DVや虐待を受けていて家庭内に居場所がない人たちが困っている、ストレスがたまってDVや虐待が増えているという問題が出てきました。

 

そうやって家族が社会問題を生み出すひとつの起点になってしまっているケースもあることは知っておいてほしい。

 

そういうときに、家族というコミュニティが孤立せずに、いかに地域や社会にひらかれているかが大事になってきます。

 

でも、いまは核家族化が進んで地域のつながりも薄れてきている。

 

核家族化が進むことや、女性の社会進出が進んでいくことは、長期的なトレンドとして以前から分かっていたことです。

 

そのプロセスにおいて子どもの教育を家庭内だけでは抱えきれなくなる可能性はかなり高かった。子育てだけではなく、高齢者介護などもそうですよね。

 

つまり、本来はいままで家庭内でやっていたことについても外部のサポートを誰もが受けられるような仕組みを考えてこなければならなかった。

 

にもかかわらず、「家族でなんとかして」という考えが根強かったんです。それでもがんばりきれなかった可哀想な人たちだけに、何かしらのサポートを提供しましょうという考えのもと、いろんな制度がつくられてきた。

 

保育園や老人ホームなどがそうですね。いまは違いますが、経済的に困窮しているなど、家庭内で面倒をみきれない人たちが行く場所、つまり特例措置としてスタートしているんです。

 

そうやって小さくつぎ足していくかたちで制度が変わってきたから、複雑化して、支援がパッチワーク化してしまっている側面がある。

 

社会も、家族のかたちも変化してきているので、それにあわせて家族に求めることや、サポート体制も柔軟に変えていく必要があります。

コロナ時代の地域コミュニティと人間の暮らし

家族よりももう少し大きなコミュニティが地域ですね。

 

これまで、地域が何を担ってきたかというと、もうすべてと言っても過言じゃないと思います。というのも、「社会とは何か」と考えると、昔は地縁を起点としたコミュニティという意味が含まれていたんですよね。

 

同じ土地に住む人は、貨幣も言語も倫理観も一緒。あらゆるものが地域ごとにまとまっていた。つまり「地縁コミュニティ=社会」で、その中で人びとの活動が完結していた。

 

でも、いまは交通や通信技術が発展して、社会の意味が再定義されています。

 

昔は地域の中に家族も経済も医療もあったけれど、いまはより拡大した人的ネットワークや経済がいっぱいある。そうすると、地域の役割が不明瞭になってくる。そうした新たな「社会」の定義や地域の役割をリディラバとして考えていきたいと思っています。

 

また、コロナ禍に直面して、地域に人が分散化していくという話もあります。ただ、こういう話は電話やインターネットが登場したときにも言われていたんです。

 

それでも結局人間は、電話やインターネットを使って人と会う約束をするようになったんですよね。そう考えると、人がすぐに地域に分散していく可能性は低いかと思います。

 

一方で、自動運転などが普及していくとそうした動きも進んでいくのではないでしょうか。

 

パーソナルな移動の自由が担保されるか、まちの機能をどれだけ個人に届けることができるかが重要になってきます。たとえば、オンライン診療が浸透していけば、病院まで距離があってもある程度は問題ないかもしれない。

 

コロナと共存する時代においては、移動をどう担保するかとセットで地域コミュニティのあり方を考えていく必要がありますね。

 

(動画全編につづく)

 

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【オンライン勉強会「リディズバ」第9回(4/13開催)】

・テーマ:コロナ時代の社会:家族・コミュニティ

・語り手:安部敏樹

・時間:約51分間

 

▼動画全編▼

 

 

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