2018年9月27日、東京・霞ヶ関。文部科学相の諮問機関である「中央教育審議会」の特別部会では、教員の働き方改革について議論が行われていた。
現職校長、研究者、文科省の担当者などが出席した特別部会の様子。
「推計に推計を重ねて計算すると」と念を押しながらも、文部科学省の担当者は、公立学校の教員の平均時間外勤務(以下、残業時間と表記)について「小学校で月59時間、中学校で81時間」と報告。
中学校教員の平均残業時間が、「過労死ライン」とされる月80時間を超えているという、衝撃的な実態が明らかになった。
今回の特集テーマは「教員の多忙化」。
ツイッターを中心にしたネット上には、限界を訴えたり改革を求めたりといった現職教員のリアルな声があふれている。
ツイッターでつぶやく教員のひとり、桜宮翼さん(ハンドルネーム)は、東日本の公立小学校に勤めているが、「子どもの頃からずっと先生になりたくてなりましたが、今ではネットで『教員 休職』などのワードを検索することがあります」と明かす。
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「本来、勤務時間は午前8時半から午後5時まで。ですが、朝は授業の準備や、校門で子どもたちに声をかけるあいさつ運動があって、午前7時には学校にいます。仕事は山のようにあるので、もちろん午後5時に帰ることなんてできません。子どもたちが下校したあとは会議や調理実習の準備、集金した教材費の確認なんて仕事もあります。ひどい時は午前2時までいたこともあります。こんな働き方でいいのかと思うと、休職も考えてしまうんですよね」
多忙化の背景にあるもの
なぜ、これほどまでに教員は多忙を極めているのか。
背景のひとつに、欧米のように学校に「知育」だけを求めるのではなく、「徳育」「体育」も求める「日本型学校教育」がある。元来、教員の業務が広範に設定されているのだ。
それに加えて、教育を支えてきた学校以外の存在——家庭・地域——が衰退し、教育に関し学校にかかる負担が増大しているという社会的背景もある。
また、「子どもたちのため」と思うとどこまでも頑張れてしまう、教員特有のメンタリティという問題もある。教え子の成長につながると思うと無理ができてしまう人々が、“長時間過密労働”にあえいでいるのだ。
子どもの成長は目に見えて実感でき、やりがいにもつながる。多少の無茶とその弊害も、やりがいの前にはかすみがちである。
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さらに、そうしたメンタリティを持つ教員集団に、法律が歯止めをかけられていないという問題もある。
冒頭、小学校で59時間、中学校で81時間という残業の実態を紹介したが、公立学校の教員は1円も残業代をもらっていない。
「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法」——通称「給特法」——というものが存在し、公立学校の教員には「教職調整額」として給与の4%の上乗せがある代わりに、残業代が支払われない仕組みとなっている。
この法律も影響し、学校現場では労務管理がなおざりになってきた。
つまり、教員の多忙化の背景には、学校を含む社会のあり方、教員のメンタリティ、そして法律という大きく三つの要素があり、どれか一つだけを変えて解決に至る問題ではないと考えられる。
これまで「子どもたちのため」と耐え忍んできた教員たちだったが、数年前からSNS上で声を上げ始め、現政権の働き方改革の動きも相まって、教員の多忙化対策は待ったなしとなっている。
本特集では、前述のような「教員の多忙化」を生み出す社会構造と、多忙化によってどのような問題が生じているのかを明らかにしていく。
「教員の多忙化」は当然ながら教員だけの問題ではない。結果として、これからの日本を担う子どもたちへ「授業の質の低下」「ブラック労働の刷り込み」など様々な影響を与えている。
これからの公教育のあり方を考えるためにも、教員の多忙化という問題を社会全体で考えていきたい。
なお、本特集では、圧倒的多数を占め、給特法の対象でもある公立学校の教員を取り巻く問題を中心に紹介している。
第1章:教員
第1回は、【「トイレに行くのも一苦労」な先生の日常】。多忙化の実態を、公立小中学校に勤める3人の教員のエピソードから紹介。
第2回【ブラック企業よりブラックな学校という職場】では、データを用いて引き続き多忙化の実態を紹介。教育研究家・妹尾昌俊さんは「他業種と比べても、先生の労働時間は突出しています」と指摘する。
第3回は【「子どもたちのため」に頑張りすぎてしまう教員たち】。多忙化の要因の一つである、教え子のためになると思えば無理もしてしまう教員のメンタリティについて、教員自身が語る。
第2章:社会と学校
第4回【複雑・多様・増大化する教員の仕事】では、そもそも業務量の面から多忙化しやすい日本の学校のあり方や、家庭や地域との関係性の中にある多忙化の要因を考える。
第5回は【部活動から考える教員の多忙化】。とくに中学校教員の多忙化の要因である部活動が、半ばボランティアであるにも関わらず拡大していった経緯について、早稲田大学スポーツ科学学術院の中澤篤史准教授が解説。
第3章:給特法
第6回【残業だけど残業じゃない?給特法とは何か】では、「残業代が出ないから残業しすぎる」という一見矛盾した多忙化の要因について、名古屋大学大学院教育発達科学研究科の内田良准教授に聞いた。
第7回は【現職小学校教員が裁判を起こしたワケとは】。2018年9月25日、残業代の支払いを求め埼玉県を提訴した公立小学校教員に、裁判を起こした理由や裁判を通して訴えたいことをインタビューした。
第4章:多忙化の影響
第8回は【子どものためにならない、教員の多忙化】。多忙化によって、授業がおろそかになるだけでなく、安全管理や将来の働き方への影響、そして教育現場が過労死の現場となってしまうなど子どもたちに関わる問題が生じている。
第5章:多忙化解決のために
第9回【どうする?特効薬なしの先生の働き方改革】では、多忙化解消のための現職教員の取り組み、この問題を解決するため社会全体で考えるべきことなどを紹介する。
第6章:安部コラム
第10回【リディラバ安部の考える「教員の多忙化」と公教育】では、これからの公教育のあり方について綴る。
※2018年10月13日18:00、第7回【現職小学校教員が裁判を起こしたワケとは】を追加。全10回に変更。
(ヘッダー画像:KPG_Payless/Shutterstock.com)