日本では毎年、19歳以下の子どもが400人ほど、みずから命を絶っている。その原因・動機としてもっとも多いのが「学校問題」だ。
「10歳代の自殺者における原因・動機別件数の推移」(出典:厚生労働省「令和元年版自殺対策白書」)
そんな実態を踏まえて、とくに子どもの自殺が増える夏休み明けの9月1日前後には、「死ぬくらいなら学校に行かなくていい」というメッセージがメディアで発信されるようになった。
だが、「学校に行かなければならない」「学校生活に耐えられなければ社会でうまくやっていけない」という呪縛に苦しみ、亡くなる子どもは後をたたない。
不登校の子どもが社会に投げかけていること
一方で、文部科学省の調査(2018年度)によると、不登校と定義される、病気や経済的な理由を除く、何らかの事情により、年間30日以上欠席した小・中学生の数は16万4528人と、過去最多を更新した。学校に行かないという選択をする子どもは増えている。
そこで今回は「不登校」をテーマに、不登校の子どもの権利や、学校に行くという選択肢しか知られていない日本の教育システムについて再考していきたい。
不登校というと、学校を卒業した人、不登校を経験したことのない人にとっては、まるで関係のない話だと思われるかもしれない。
しかし、16万人を超える子どもの「学校に行かない」という意思表示は、学校教育のあり方、学校を絶対視する社会の価値観に対する問題提起とも捉えられる。
さらに、日本財団の調査(2018年10月※)によれば、不登校の定義には当てはまらずとも、「不登校傾向にあると思われる中学生」は約10人に1人と報告されており、決して限られた人だけの問題ではない。
※2018年10月に中学生年齢の12歳~15歳合計6500人を対象にインターネットで調査を実施。
学校の常識を再考するきっかけに
学校に行か(け)ない子どもに対して、「怠けている」「社会に出てからやっていけない」という批判もある。
だが、子どもが安心して教育を受けられる環境をつくっていくのは大人の責任だ。また学校の常識が子どもを苦しめているケースもある。
「会社だったらパワハラを受けて配置転換などを要望することができますが、学校ではたまたま隣に座った子どもにいじめられても配置転換やクラス替えができません。転職のように自分の意思で学校を変えることもほとんどないですよね」
こう指摘するのは、自身も不登校を経験し、その後19歳から約20年にわたって不登校にまつわる情報を発信してきた「不登校新聞」編集長・石井志昂(しこう)さん。石井さんはこう続ける。
不登校新聞編集長の石井さん。
「大人は会社で働いていれば有給などの任意の休日がありますよね。でも、子どもにはそうした休みはない前提になっています。もちろん、夏休みなどの長期休暇はありますが任意の休みではありません」
石井さんは休みをとることも含めて、もっと子どもの自由や主体性が尊重されるべきではないかと主張する。
また、何らかの事情で学校を休んだときに、再び学校に行きたいと思っても、戻りづらい事情もある。授業は一律に進んでゆき、自分の学びのペースに合わせた留年などの選択もない。石井さんは言う。
「日本国憲法では、義務教育について『すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する』とあります。ですが、教育基本法では9年間の普通教育の就学義務があるとされ、学校教育法では、満6才から満12才まで小学校に、その修了後満15才まで中学校にと規定されています。こうした学齢主義では能力に応じて教育を受けられないですよね」
<日本国憲法 第二十六条>
すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。
2.すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを無償とする。
子どもに多様な選択肢を提供できているか
さらに、日本では実質的に学校に行くという選択肢しか知られておらず、学校に行かなければ教育機会の確保は自己責任とされてしまうのが現状だ。
フリースクールなどはその数に地域差があり、平均3万3000円かかる会費は家庭の負担となってしまう。
そもそも不登校の小・中学生のうち学校外の居場所につながっている子どもは多くはない。教育委員会などが設置する教育支援センター(適応指導教室)で相談・指導等を受けたのは12%、病院・診療所が10%、フリースクールなどの民間団体・民間施設は2.8%と、約7割の子どもが学校外の居場所につながっていない。
2016年に成立した「教育機会確保法」は、不登校の子どもに学校以外の多様な学びの場を保障することを国と自治体の責務とした。しかし、学校現場をはじめ、まだまだ認知されていないのが実情だ。
本特集では、こうした不登校の子どもを取り巻く問題を、親や学校、民間教育施設などのステークホルダーとの関係性から構造化。不登校を切り口に、子どもの居場所をいかに保障していくのか探っていく。
第1章 学校に行くのは当たり前なのか
第1回【なぜ不登校の子どもが増えているのか】では、少子化にもかかわらず不登校の子どもが増えているのはなぜなのか専門家に聞いた。また、不登校になる要因について学校を対象にした文科省の調査と実態とのずれについても考察する。
第2回【「安心して休む権利を」不登校の子どもの権利を考える】では、不登校を経験した当事者の視点から子どもの権利について再考する。不登校の子どもが社会に訴えたいこととは。
第2章 保護者を支える
第3回【「我が子が不登校になったら…」不登校の子どもの親が直面する困難】では、不登校の子どもの親がどのような困りごとに直面するのか、また子どもにどのように対応すればいいのか考える。
第4回【不登校の子どもの親を支える“親の会”】では、不登校の子どもの親を支える親の会にフォーカス。当事者だからこそ分かる悩みや、学校との関係性について話を聞いた。
第3章 学校からの不登校支援とは
第5回【子どもの困難を早期発見するために学校ができること】では、学校におけるスクールカウンセラーの役割を考える。スクールカウンセラーが力を発揮し、子どもの抱える課題を早期発見、支援していくためには何が必要なのか。
第6回【誰もが不登校の子どものサポーターに】では、家庭や学校、地域など子どもを取り巻く環境に働きかけ、不登校の子どもを支えてきた日本スクールソーシャルワーク協会会長の入海英里子さんに話を聞いた。
第4章 学校外の居場所を確保する
第7回【不登校の子どもの居場所をどのように確保していくか】では、フリースクールを運営する前北海さんにインタビュー。子どもの選択肢を拡げるためのフリースクールのあり方や、学校以外の居場所を確保していくために必要なことを語ってもらった。
第8回【公設民営の子どもの居場所づくりの可能性】では、教育委員会が設置する不登校の子どものための居場所の官民連携のかたちを見ていく。不登校の支援には自治体の理解も欠かせない。
第9回【「ICTを活用した自宅学習で出席扱い」の実情】では、ICT等を活用した自宅学習が在籍校で出席扱いになる制度を紹介。また、制度が普及していない実態に迫る。
第5章 通信制高校の現在
第10回【17人に1人の高校生が通う通信制高校のいまとこれから】では、不登校の子どもの進学先としても大きな役割を果たす通信制高校に着目。“いつでもどこでもだれでも”の精神が根底にあり、さまざまなニーズに応えてきた通信制高校。今、何が求められているのか。
第6章 安部コラム
最終回【リディラバ安部が語る「不登校」】では、リディラバジャーナル編集長である安部敏樹が自身も経験した不登校について語る。
(訂正:2019年12月20日12:48 18人に1人の高校生が通う通信制高校のいまとこれから→17人に1人と訂正いたしました。)