子どもが被害者となる事件や事故が後を絶たない。
2019年5月、神奈川県川崎市の路上で小学生らが襲われる事件が発生。加害者の男性は両手に包丁を持って近づき、6年生の女の子と39歳の保護者を刺殺し、小学生ら17人に重軽傷を負わせた。
事件直後から連日報道されたこの殺傷事件は、ごくありふれた風景のなかで突然起きたものだった。
事件が起きた現場。ここで小学生らが死傷された。
現場は、登戸駅から歩いて5分ほどの住宅街にある路上。事件が起きた朝7時台は通学などで人通りが多かったが、容疑者は叫び声をあげることもなく無言で児童に襲いかかったという。
事件当時、現場で児童らの引率をしていたという私立カリタス小学校の倭文覚(しとりさとる)教頭は、事件の夜に行われた記者会見で次のように話している。
「児童6人をバスに乗せていたところで、列の後ろから子どもの叫び声が聞こえた。列の後方に行くと、犯人が両手に包丁らしきものを持ち、無言で振り回しながら走っていく姿を確認し、犯人を追いかけた」
その後、警察に通報しながら子どもたちの被害状況を確認するために戻り、救急車の到着を待ったという。
子どもの事件や事故は増えているのか
子どもの安全対策は、2001年6月に起きた大阪教育大学附属池田小学校(以下、池田小学校)での児童殺傷事件を契機として、学校内の防犯対策を中心に全国的に進められてきた。
今回のカリタス小学校でも、学校内の防犯対策は万全だったという。通学路でも、毎朝、倭文教頭が登戸駅で子どもたちを出迎え、スクールバスのバス停まで引率していた。さらに事件当日は子どもを送りにきた保護者も現場にいた。だが、事件を防ぐことはできなかった。
事件当時、このバス停で児童を引率していた教頭は子どもたちの叫び声で犯行に気づいたという。
「学校内だけでなく、登下校中の子どもたちの安全をどう守るのかという課題が浮き彫りになっている」
そう話すのは、8人の児童が刺殺された池田小学校に9年間勤務し、学校安全主任を務めた松井典夫さん(現 奈良学園大学人間教育学部教授)だ。
「たとえば、多くの学校が集団下校をしているが、そもそも集団といっても、何人だと『安全』だと言えるのか、安全のための集団とは何かを考えないといけない。その意味でも、安全とは何かを問い直す必要があるのではないでしょうか」
警察庁によれば、13歳未満の子どもが通学路などで事件に巻き込まれたケースは2018年だけで全国で573件に上っている。
一方で、子どもたちの安全を脅かすのは事件によるものだけでなく、事故もある。
川崎市の殺傷事件と時を同じくして、滋賀県大津市では軽乗用車が保育園児らの列に突っ込み、園児ら16人が死傷した事故が大きな話題になった。
14歳以下の子どもの死因で病気や自殺とともに多い「不慮の事故」は、ここ数年は毎年約300人で推移しており、2017年ではその3割を占めたのが交通事故死だ。
なぜいま「子どもの安全」が問われるのか
子どもをめぐる悲惨な事件や事故は、発生後、連日メディアで大々的に報道されることから頻発しているような印象を受ける。
しかし、警察庁によれば、被害件数や不慮の事故での死亡例は少子化を上回るペースで減少傾向にあり、この10年での推移を見ても、事件・事故ともにほぼ半減している。
それでも、子どもが被害となる事件や事故は後を絶たず、そのなかには、未然に予防できたはずの事件や事故も含まれている。それは、現状では十分な対策が立てられておらず、リスクにさらされている場があることを意味している。
とくに子どもが被害者となる事件や事故は、世論の高まりもあって対策への動きが加速しやすい。
だが、「意識が高まるのは何か大きな事件や事故があったときだけで、平時にいかにリスクを認識し、対策を立てられるかが問われているんです」と前出の松井さんは指摘する。
今回の特集では「子どもの安全」に焦点を当て、事件や事故から子どもの命をどう守ることができるのかを考える。
いま子どもの安全が問われている背景には、事件や事故の件数は減少しているものの、共働き世帯の増加や地域コミュニティの衰退といった社会構造の変化がある。
「共働き社会になるなかで、以前よりも保護者の子育てに対する余裕がなくなっているように思います。その余裕のなさが、家庭外の子どもの安全を学校や地域に任せっきりになってしまっている現状を招いてしまっている。ですが、その学校や地域というコミュニティにも変化が起きているんです」(松井さん)
保護者や学校(保育園・幼稚園などの教育機関)、多くの子どもが通う塾や学童保育、地域のスポーツクラブなど、それぞれが「子どもの安全」に対するリスクをどう認識し、現状の対策をとっているのか。
また、地域コミュニティによる安全対策はどのような機能を果たすのか。さらに、そもそも子どもが事故や事件に遭った際、どのようなことが起こっているのか。
本特集では、10回にわたる記事を通じ、それらの構造を紐解いていく。
第1章 「子どもの事故」が起きたとき
第1回【5歳の我が子を失った母が直面した苦境「遺族なのに何も知れなかった」】では、突如として遺族になり、そこで直面した状況とその後について遺族にインタビューした。
第2回【子どもを失い遺族となった母が語る「再発防止の仕組み」の必要性】では、遺族となって以降、子どもの安全を守る活動に取り組む現在の思いを聞くインタビュー後編をお届けする。
第2章 どこまでが学校の責任なのか
第3回【学校内の安全管理の実態とはーー元教員が指摘する課題】では、学校内におけるリスクマネジメントについて、2001年に殺傷事件が起きた池田小学校の元教員が語る。
第4回【通学路など学校外の「子どもの安全」は誰が守るのか】では、登下校をはじめ学校外の子どもの安全について誰が守るべきかにフォーカスし、そのあり方を考える。
第3章 地域コミュニティから考える
第5回【“地域を活用する”学校の安全対策のあり方とは】では、学校の安全対策のあり方として、地域におけるリソースをどのように活用できるのかを具体的な提案とともに考える。
第6回【子どもの安全対策から地域コミュニティの再生を】では、衰退が叫ばれる地域コミュニティと子どもの安全をどうつなげ、インタラクティブに活性化できるかを考える。
第4章 保護者が担う安全対策
第7回【「子どもの安全」の現状と保護者が担う役割とは】では、保護者と保護者を取り巻く状況変化から子どもの安全に関わる現状を整理し、本来のあり方を問い直す。
第8回【子どもの安全教育、被害を最小限にするための防護と抵抗】では、通り魔などの突発的な犯罪に遭った際の考え方や取るべき行動について、安全インストラクターに聞く。
第5章 事件や事故を「未然防止」するために
第9回【求められる「子どもの事故・事件」の検証システム】では、子どもの事故や事件の「その後」から、未然防止への仕組みのあり方を考える。
第10回【「気をつけよう」で事故はなくならない――再発防止から考える子どもの安全】では、子どもを取り巻く事故検証のあり方や問題点を指摘する。
第6章 安部コラム
第11回【リディラバ安部が考える「子どもの安全問題」】では、リディラバジャーナル編集長である安部敏樹が子どもの安全問題をめぐる現状や課題について語る。