頼ったり助けてもらったりすることが相手の喜びになる――為末大と考えるコミュニティの意義(後編)
頼ったり助けてもらったりすることが相手の喜びになる――為末大と考えるコミュニティの意義(後編)
コミュニティに参加するとき、「役に立たなければ」「価値を提供しなければ」と考える人も少なくない。しかし実際には、ほかのメンバーに教えを乞うたり相談したりするなどの「人を頼るという行為」こそが、相手に幸せをもたらしているケースもある。
今回は、陸上競技にてオリンピック大会連続3回の出場経験を持ち、現在は執筆活動や会社経営、指導者として幅広く活動する為末大さんと、リディラバ代表の安部敏樹が対談。後編では、コミュニティにおけるルールの決め方やオーナーシップを持つことの重要性、コミュニティに参加する際に心がけておくべきことなどについて語った。
※本記事の取材は「リディ部〜社会問題を考えるみんなの部活動〜」で行われた2021/5/14のライブ勉強会『リディ部1周年お祝いイベント 理想の学校を語ろう公開対談③』で行われました。リディラバジャーナルの取材の様子は「リディ部」でご覧いただけます。
1978年広島県生まれ。スプリント種目の世界大会で日本人として初のメダル獲得者。男子400メートルハードルの日本記録保持者(2021年5月現在)。現在は執筆活動、会社経営を行う。DeportarePartners代表。新豊洲Brilliaランニングスタジアム館長。Youtube為末大学(Tamesue Academy)を運営。主な著作に『Winning Alone』『走る哲学』『諦める力』など。
ルールに従うことと納得していることは別
安部敏樹 人が集まってコミュニティがつくられていったとき、そこにはコミュニティのカルチャーに合ったルールが必要になってきますよね。コミュニティにおけるルールのつくりかたについて、為末さんはどう考えていますか。
参加しているメンバーの声だけを反映して決めるのも実際にはむずかしいし、とはいえ、どこまでトップダウンにすべきかという点もあります。
為末大 僕は会社経営もしていますが、社内で明文化しているのは、まずルールは守ろうということ、だけどそのルールがおかしいと思ったら誰でも異議を唱えて良いということ、ルールが現実にそぐわないものであれば変更を提案できることの三つです。
つまり「ルールはいつでも変えることができるもの」という前提なんです。そういうふうにやっていると、最終的には「我々にとっての善とは何なのか」という話になり、組織のビジョンを考えることにもつながっていきますね。
ただ、確かに議論してルールを決めるのは簡単ではないとは感じます。たとえば「遅刻は絶対禁止」というルールを定めようとしたときに、賛成する人ばかりではなくて、「きっちり時間を決めると堅苦しくなって嫌だ」と主張する人もいますから。
安部 リディラバがボランティア団体だったとき、玄関で自分が脱いだ靴を並べるか並べないかについて、1か月ほど議論したことがあります。
「玄関が汚れているのは嫌だから並べるというルールにすべき」という意見もあれば「並べなければいけないと決められるのは嫌」という意見もあり、全然決まりませんでしたね。
為末 僕はそもそも「ルールを守っている=そのルールに賛同している」とは限らないと考えているんですね。「別に自分としては納得していないけれど、ルールだから守る」というふうにしなければいけないこともあるじゃないですか。
たとえば、いまは東京オリンピックの出場選手に対して「辞退すべき」という声があがっていたりもしますよね。でも僕は、選手たちは開催に向けて練習をがんばって、最終的に開催するかどうかはしかるべき人が決めて、選手たちはその決定に従うというかたちでいいと思うんです。
いまの状況でのオリンピック開催の是非については、選手たちにもさまざまな考えがあると思います。でもオリンピックが開催予定である限り、大会に向けて練習をするというのがルールですよね。選手たちは決められたことに沿って行動しているだけなのですが、そういう選手たちのあり方に批判的な目を向ける人が一定数いる。
ルールを守るという「行動」の部分と、個人の「感情」の部分を分けて考えるという訓練は、いまの社会に必要だと思っています。
(写真 為末大さん)
コミュニティにおいてオーナーシップを持つことの大切さ
安部 コミュニティにおいても、たとえそのルールに納得していなかったとしても、ルールが決まったら従ってそこにコミットし、ベストを尽くすというのはひとつのあり方ですよね。
その場合はある程度、コミュニティに参画するメンバーが主体的であることは求められると思います。
為末 そうですね。そういうことができるのは、やっぱり自分のなかに、小さいころから学校で植え付けられてきた「共同体の意識」があるからだと思います。コミュニティにおいて自分の感情や本音だけを優先させてしまうと、コミュニティが壊れてしまいますから。
安部 確かにそうですね。ただ一方で、コミュニティにおいてルールを決める際には、その手前の「意思決定」の場に、メンバーが参加できるようにはすべきかなとは思います。
たとえば、認定NPO法人カタリバが実施しているプログラムに、生徒たちが主体となって学校の校則を見直す「ルールメイカー育成プロジェクト」というものがあります。
ある高校の校則では、耳の上や襟足を刈り上げた「ツーブロック」という髪型が「就職に不利になる」という理由で禁止されていたそうなんです。
そこで在校生がプログラムの一貫として、その高校の卒業生が就職する機会が多い職場にヒアリングしたところ「ツーブロックであることは採用には影響しない」という回答を得られたといいます。
その後は生徒が学校側と話し合い、ツーブロックが許可されるようになったということがあったそうなんです。
若いときから、この取り組みのように学校や地域、国などのコミュニティに対するオーナーシップを持てるための仕組みや、子どもたちが「自分たちもオーナーシップを持つことができるんだ」と実感できる機会をつくることも大切だと思います。
オーナーシップを持つ経験で得られるのは「自分の意見が通ったかどうか」ではないと思うんですね。本人たちからすれば、自分たちの声を聞いてもらえたし、意思決定の場にも参加できたし、ほかの人たちの意見も把握できた。そのうえでこのルールに決まったなら従おう、というふうに感じられると思うので。
ただ、そういった経験ができる仕組みを、閉じたコミュニティである「学校」という環境でどうつくっていくかは、今後の課題だと思います。
(写真 安部敏樹)
コミュニティに大事なのは「迷惑を掛け合える空気」
安部 これから新たなコミュニティに参加しようかなと考えている方に対して、アドバイスはありますか。
為末 コミュニティにおいて「価値を提供しなければ」と力みすぎないことが大事だと思います。
「コミュニティに貢献するためにはなにかを提供しないといけないんだ」という考えは取り去って、コミュニティのなかでどんどん人に助けてもらうことが、結果として相手に幸せや喜びを与えられるのではないかなと思っています。人間って、本質的には誰かの相談に乗ったり、助けたりすることに幸せを感じるものだと思うので。
そうやって何度もメンバーとやりとりをしてコミュニケーションを取っていくことのほうが、そのコミュニティのなかに入っていくうえで大事なのではないかなと考えています。
安部 行きすぎないことは大事ですが、ある程度「頼っている」「助けてもらっている」という負い目を持ちながら参加するほうが、コミュニティがうまく回るということですよね。
(写真AC)
為末 コミュニティ内に「迷惑を掛け合える空気」があることは大事だと思います。その点は、スポーツチームなどのコミュニティはよくできているんですよね。
いまは新型コロナウイルスの影響でむずかしい面もありますが、従来のスポーツチームというのは、最初にみんなではっちゃけて飲んでぐだぐだになったりして、まずそこで深い関係性ができる。そこでお互いに許容しあえるというか「ここまでやっても大丈夫なんだ」という基準値が持てるんです。
コミュニティ参加の最初の段階で、お互いにおおらかさや寛容さを持つ経験をするという方法は、ひとつあると思いますね。
あとは、何かやってもらった相手に対して「上手にお返しする」のも大切だと思います。大げさなことではなくて、会話のなかで相手に対してニコニコ笑顔で反応したり、感じよくうなずいたりすることで感謝を伝えるとか。そういうのがコミュニティで循環していくと、いいですよね。
安部 「やってあげたんだから何か返せよ」というような、ギブアンドテイクを強要するようなコミュニケーションって、つらいものがありますもんね。
為末 「自分は完璧だ」と思い込んでしまうと、コミュニティ内でも、どうしてもほかのメンバーに対して許せないことが増えてきてしまうと思います。コミュニティに参加するうえでは「自分のダメさに気づいているかどうか」も、大事なことのひとつだと思いますね。
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