「生産性」という言葉が蝕む社会――優生思想と向き合う(前編)
「生産性」という言葉が蝕む社会――優生思想と向き合う(前編)
2016年7月、神奈川県相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で、入所者19人が刺殺される事件が起こった。
事件を起こした犯人、植松聖(さとし)被告は、犯行動機について「障害者はいなくなった方がいい」「私が殺したのは人ではない」などと語り、障害者が生きる権利を否定した。
2020年7月、有名ミュージシャンがSNS上で「大谷翔平選手や藤井聡太棋士や芦田愛菜さんみたいなお化け遺伝子を持つ人たちの配偶者はもう国家プロジェクトとして国が専門家を集めて選定するべきなんじゃないか」と発言し、多くの批判を受けた。
このようなヘイトクライム・差別発言の背景には「優生思想」が潜んでいると言われている。
優生思想とは、生産性の高さや障害の有無などによって人間を「優れた人間」と「劣った人間」に区別し、「劣った人間」は社会から排除してもよい、という考え方である。
30年以上にわたってホームレスの方々の自立支援を行ってきたNPO法人抱樸 理事長の奥田知志さんと、リディラバ代表の安部が、この「優生思想」をテーマに対談。
前編では優生思想とは何か、そして優生思想を乗り越えるために必要な「生産性」の再定義について語った。
※本記事の取材は「リディ部〜社会問題を考えるみんなの部活動〜」で行われた「優生思想と向き合う〜誰もおいていかない社会とは〜」で行われました。
リディラバジャーナルの取材の様子は「リディ部」でご覧いただけます。
奥田 知志さん(NPO法人抱樸理事長、東八幡キリスト教会牧師)
1963年生まれ。関西学院神学部修士課程、西南学院大学神学部専攻科をそれぞれ卒業。
九州大学大学院博士課程後期単位取得。1990年、東八幡キリスト教会牧師として赴任。同時に、学生時代から大阪釜ヶ崎で始めた「ホームレス支援」に北九州でも参加。事務局長等を経て、北九州ホームレス支援機構(現 抱樸)の理事長に就任。これまでに3640人(2021年3月現在)以上のホームレスの人々の自立を支援。
安部敏樹(株式会社Ridilover代表取締役/一般社団法人リディラバ代表理事)
1987年生まれ。2009年、東京大学在学中に社会問題をツアーにして発信・共有するプラットフォーム「リディラバ」を設立。2012年度より東京大学教養学部にて、1・2年生向けに社会起業の授業を教える。特技はマグロを素手で取ること。
これまで350種類以上の社会問題をテーマにツアーを企画した実績があり、10,000人以上を社会問題の現場に送り込む。また近年では、中学・高校の修学旅行・研修や企業の人材育成研修などにもスタディツアーを提供している。
いつでも誰にでもある
「優生思想」の普遍性
安部 最近ではDaiGoさんの「ホームレスの命はどうでもいい」発言がありましたが、インターネット空間を中心に差別的な発言は日常化しています。
背景のひとつには、人の命に優劣をつける「優生思想」があると言われていて、今日はこの「優生思想」をテーマに奥田さんと議論していきます。
奥田 よろしくお願いします。
安部 まず、この優生思想がどれだけ社会に浸透しているのかという意味で、日本の法律からはどんなことが見て取れますか。
奥田 :日本では1948年に優生保護法という法律が施行されます。
これは「不良な子孫の出生を防止する」目的で、特定の疾病や障害を持った人へ強制的な不妊手術を認めた法律です。
安部 強制的ということは、親の意思や胎児の権利を認めないわけですよね。
優生思想が露骨に現れた法律だと思うんですが、問題にならなかったんでしょうか。
奥田 後にこの優生保護法は憲法違反と認められて、1996年に「母体保護法」という法律に変わりました。ただ、この母体保護法でも、「女性の生命・健康を守るため」という理由で強制不妊手術や人工中絶を認めています。
性被害に対応する意味もあるので、中絶の是非は置いておきますが、問題なのは「障害や疾病がある人は社会の益にならない」「社会全体の益にならない人間は排除して良い」という優生思想がまだ拭えていないんです。
安部 ナチス・ドイツによるホロコーストへの反省もあって、誰の命も重要だ、優生思想は誤りだ、という考え方は第二次世界大戦後の社会で共通認識があったと思うんです。
にもかかわらず、優生保護法は1996年まで続き、新しい法でも途切れずに優生思想の文脈を受け継いでいるっていうのに違和感を覚えるのですが、なぜなんでしょう。
奥田 優生思想って、この社会にずっとあるんです。非常に普遍的で、時代や境遇を問わず常に社会にある。
安部 例えばどういう事例から、優生思想の普遍性を感じますか。
奥田 第二次世界大戦中に、ナチス・ドイツでは、共産主義者や新聞社、教会などが、「思想」を理由に迫害されました。
同じく大戦中の日本では、老人や子供が、戦力にならないからと「効率性」を理由に、手をかけられた話もあります。
優生思想は、障害者だけをターゲットにしているわけではなくて「その時の社会の役に立たない、価値観に合わない人間は排除する」という普遍性を持っています。
(抱樸 奥田 知志さん)
「社会にとって有益か」
生産性追求の功罪
安部 戦時中には「効率性」を追求した結果、子供や老人を迫害してしまったというのは非常に示唆深いですね。
というのも、戦争中における効率性って、今では経済的な生産性に姿を変えて、戦時中と同じように徹頭徹尾、社会の隅々まで浸透していると思うんです。
生産性を追いかけた結果として今の豊かな生活がある、恩恵を受けている側面もある中で、僕らはどこまで生産性の追求を続けるのかなと。
奥田 恩恵の話はおっしゃる通りで、生産性の追求を一概に否定する必要は無いと思います。
ただ、今の世の中で「生産性」が何を意味するかと言うと、端的には「金儲け」。稼げるかどうかが生産性の有無を決めています。
私は、この生産性を再定義すればいいんだって考えていいます。
安部 生産性の再定義。
奥田 「障害児の父」と呼ばれる糸賀一雄さんという方がいます。
彼が活動していた1950年代においても、知的障害者は働けないので生産性が無いと言われていました。
そんな中、糸賀さんは「生産性の高い社会っていうのは、その人がその人として自己実現ができる社会のことだ」と主張したんです。
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