「年金だけでは生活がままならない」 75歳以上のおばあちゃんたちが働く会社は、なぜ生まれたのか
「年金だけでは生活がままならない」 75歳以上のおばあちゃんたちが働く会社は、なぜ生まれたのか
「月にあと2,3万円でもあれば生活が楽になるという声を、数え切れないほど耳にしてきました」
そう話すのは「うきはの宝株式会社」の代表、大熊充さんだ。
同社は福岡県うきは市で「75歳以上のばあちゃんたちが働ける会社」をビジョンに掲げる会社だ。地域のおばあちゃんたちと契約し、各々の得意を活かした事業を行なっている。
大熊さんはうきはの宝株式会社創業以前、うきは市で高齢者向けの無料送迎サービスをボランティアで行なっていた。
冒頭のエピソードは、実際に現場で大熊さんが聞いてきたおばあちゃんたちの実情だ。
「そこで、2,3万なら仕事があれば稼げるのではないかと考えたんです。
うきは市の当時の全人口2万9000人の1割に実際に話を聞きましたが、75歳を過ぎた方でも、体が元気なら働きたいとか、このままでは生活できないから働かざるを得ないとか、そう答える人は6人に1人はいました」
高齢者向けの無料送迎サービスのボランティアの際、生活の困窮に並んで大熊さんが目の当たりにしてきたのが、孤立の問題だ。
「無料送迎のサービスをしていた頃、1週間のうちに僕としか接触がないという孤立状態にある方も相当いました」
人生100年時代という言葉が聞かれるようになり、行政もシニア世代のセカンドキャリア形成に力を入れているなかで、大熊さんの語るリアルからは、より切実で逼迫した状況が伝わってくる。
高齢者就労の実態や事業の中身、裏側にある社会の構造的問題について聞いた。
1980年生福岡県うきは市出身、経営者&デザイナー。20代にデザイン事務所を創業。その後故郷である福岡県うきは市で地域の課題解決の為に何か出来ないかと学び直し、2017年4月専門学校日本デザイナー学院九州校に入学して、ソーシャルデザインを学ぶ。在学中に、学ぶだけでなく行動に移そうと社会起業家育成のボーダレスアカデミー二期福岡校でビジネスプランを作る。超高齢化の進む農村でおばあちゃんたちが働くことで「生きがい」と「収入」を得られる、75歳以上のおばあちゃんたちが働ける会社「うきはの宝株式会社」を2019年10月に設立。2019年度福岡県庁主催の「よかとこビジネスプランコンテスト」大賞受賞。2021年2月農林水産省主催の「INACOMEビジネスコンテスト」で日本一の最優秀賞に選ばれる。
(大熊さん)
おばあちゃんたちの「猛攻撃」が
自暴自棄な自分を救った
「うきはの宝株式会社は、75歳以上のおばあちゃんたちが働ける会社です。おばあちゃんたちに仕事と働く場を創ろうということで設立しました」
もともと、うきは市内でデザイナーとして仕事をしていた大熊さんは、日々クライアントの課題解決を行いながら、ある悩みを抱えていたという。
「故郷である、うきは市にもっと貢献したいという強い思いを持っていたのに、地域の課題解決など具体的な行動を起こせない状態に歯がゆさを感じていました。
そこでデザイン事務所を経営しながらソーシャルデザインという分野を日本デザイナー学院で勉強し、さらに社会起業家育成のボーダレスアカデミーにも通い始めました。
その時、今の会社を始めるきっかけとなるビジネスプランを作って、2019年に設立しました」
(インタビューに応じる大熊さん)
企業からの依頼でデザインの仕事をしていると、一般の消費者と関わる機会は少ない。そんななかで大熊さんが抱えていた「地域の課題に直接触れたい、解決したい」という思いから、うきはの宝株式会社は生まれている。
では、うきは市にある課題とはどんなものだろうか。
「うきは市は福岡県と大分県の県境にある、山々に囲まれた中山間地です。主な産業は農業ですね。自然に囲まれて川があり、山があり。そんな町です。
もともと人口の15%ぐらいは農家さんだったんですが、後継者不足で農家さんが減ってきています。ただ、今でもフルーツなどの一大産地です」
うきは市の人口は現在約3万人ほど。65歳以上の高齢者は人口の35%を超える。
「3人に1人が高齢者ということになります。25年後は2人に1人、約50%ぐらいが高齢者になると言われています。
そんな町なんですが、高齢化が進んでるからこの事業をやろうと思ったわけではなくて、僕の個人的な体験が根本にあるんです。
20代の頃、僕はバイク事故で大怪我をして、4年近く長期入院をしていました。その4年の間にだいぶ精神的に病んでしまって。
なかなか社会復帰の目処も立たず、自暴自棄になり、もう誰とも喋れないような状況になっていたんです」
大熊さんの入院していた病院には高齢者も多く入院していた。人と関わる意欲をなくしていた当時の大熊さんは、その人たちとも関わりたくない気持ちが強かったという。
「だけど、おばあちゃんたちがずっと『なんで病院に入ってるの?』とか『怪我の具合は?』とか、そういう一番えぐってほしくないとこを聞いてくるんです。(笑)
1週間ほどは無視してたんですけれども、おばあちゃんたちもめげずに話しかけてくる。おばあちゃんたちにとっては、きっと同じ空間に若い僕がポツンといるのが気になっていたからなんでしょうけど。
もうこのおばあちゃんたちの猛攻がすごくて、1週間後にはさすがにしつこくて怒ったというか、もう笑いが出てしまって」
「それから、昨日まで話してたのに急に亡くなってしまう方もいて。
目の前でおばあちゃんたちの死に直面する中で、やっぱり僕自身が自暴自棄になっていることが浅はかに思えてきたんです。命、そして生きるということは何なのかを考えました。
だから今度は僕がおばあちゃんたちを笑顔にしたいなと。おばあちゃんたちに頼られることが生きがいだし、やりがいになっている。
これが事業を始めて今も続けている最大の理由です」
買い物に行けない、人と接触がない…
高齢者困窮と孤立のリアル
ソーシャルデザインや起業のことを学び、昔の原体験から”やりたいこと”が明確になった大熊さんだが、その後すぐに会社を立ち上げたわけではない。
最初にはじめたのは、ボランティアの高齢者無料送迎サービス「ジーバーうきは」だった。車を使えない高齢者が日常的な買物や移動に困るケースを多く見聞きしていたからだ。
起業ではなくボランティアから始めた理由を大熊さんはこう語る。
「この送迎サービスをやりながら、何か自分に今後できることがないか?おばあちゃんたちのお困りごとは何か?取材とかリサーチも含めておばあちゃんたちと関わっていました。移動や買い物難民の課題解決をしながら、さらに調査していければなと」
この活動を通して大熊さんは、地域のおばあちゃんたちの置かれている状況を目の当たりにした。
「生活困窮とか孤立です。買い物に行きたいんだけど、本当にお金に余裕がなくて買えない状況にある方や、1週間のうちに僕としか接触がないという方もいました。
2,3万円であれば働いて稼げるのではと思いましたが、当時65歳以上の人が働ける職場は少なく、75歳以上の人に関しては町に一つもありませんでした。
特に後者は国のレベルで見ても就労先がほとんどなく、うきは市だけでの問題ではないことを知ったのです。
また、僕が話を聞いた約3,000人の市内外の高齢者の方々のうち、75歳以上の人の6人に1人は『働かないといけない』という切迫感を持っていました」
「だから、元気で体は動くけれど、生活はままならない75歳以上のおばあちゃんたちでも働ける会社を作ろうと思って、うきはの宝株式会社を立ち上げたんです。
おばあちゃんたちの声からわかった『プラス2,3万円の収入が得られる仕事』はもちろんですが、働くことで生きがいや社会参加の機会を作りたいと思いました」
高齢者の生活困窮と孤立の解消。特に孤独・孤立について大熊さんは、自身の体験とリンクする部分があると話す。
「実は僕がデザインの仕事を始めたのは、どこにも就職できずに仕方なくだったんです。社会に居場所を見いだせなかったし、働く場所も見つけられなかった。
特に病院にいたときは、間違いなくあらゆるものから孤立していたと思います。
もしかしたら自分のそういう過去とおばあちゃんたちの孤立という課題を照らし合わせて考えているのかもしれませんね」
「こんな事業は成立しない」
それでもなぜ続いているのか
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