人はどのように遭難し、救助されるのか――山岳遭難と自己責任論(前編)
人はどのように遭難し、救助されるのか――山岳遭難と自己責任論(前編)
登山シーズンの訪れとともに目にするようになる「遭難」のニュース。そのたびによく上がるのが、自己責任論に基づいて遭難者を批判する声だ。
「わざわざ危険を顧みずに行ったのだから」「そんな天候のときに行ったのが悪い」「好きで行っているのだから、自分でなんとかすべき」――。
山岳遭難における問題は、すべてが登山者の自己責任なのだろうか。
前編では、国際山岳看護師(※)として山岳遭難捜索チームLiSSで活動する中村富士美さんに、自己責任について考える上で知っておきたい登山者・遭難者の現状や実態、実際の山岳遭難のプロセスなどについて聞いた。
※国際山岳看護師:日本登山医学会が認定する国際的な制度で、山岳で医療活動を行う看護師のことを指す。山岳医療の知識に加え、登山や救助の技術・知識も持つ。
※本記事の取材は「リディ部〜社会問題を考えるみんなの部活動〜」で行われた2021/7/15のライブ勉強会「山岳遭難から考える自己責任論」で行われました。リディラバジャーナルの取材の様子は「リディ部」でご覧いただけます。
国際山岳看護師/山岳遭難捜索チームLiSS代表。WMAJ主催のアドバンスコースを受講したことをきっかけに、野外救急に興味を持つようになり、2017年日本登山医学会認定(UIAA/ICAR/ISMM)の国際山岳看護師に。 看護師としては、都内の市立病院で救命救急センター、集中治療室、心臓カテーテル検査室勤務を経て、現在は非常勤職員となり病院勤務を続けながら、安全登山の啓蒙活動や、山岳地帯における行方不明遭難捜索、救助活動を山岳看護師の立場でサポートをしている。山岳遭難捜索チームLiSSの代表も務める。
山岳遭難の現状と実態
5年おきに実施される総務省の社会生活基本調査によれば、2016年の15歳以上の登山者は約970万人。世代で見ると60〜64歳の「団塊の世代」を含む中高年の登山人口が多い。現在は新型コロナウイルスの影響で登山施設の利用が制限される場合もあるものの、登山自体は行われている。
かつての登山者たちは、山岳会などに所属して登山の技術や知識を学んだ上で山に登っていた。現在ではインターネットやSNSなどの媒体から情報を得られるようになったこともあり、登山自体のハードルが下がったことで比較的身近なレジャーとして楽しまれるようになった。2010年には登山やハイキングを楽しむ若い女性を指す言葉、「山ガール」が流行語大賞の候補にも選ばれている。
一方、2016年の登山者数が約970万人だったのに対して、同年の山岳遭難件数は2495件。直近2020年でも2294件の遭難が発生しており、241名の死者・行方不明者が出ている(警察庁「令和元年における山岳遭難の概況」より)。
遭難の発生件数は平成に入ってから増加しており、この30年で倍以上に増えている。これは「インターネット等から情報を得てトレーニングなしに登山に行けるようになったこと、携帯電話の普及で簡単に救助要請ができるようになったことなどが関係しています」と中村さんは話す。
(写真 中村富士美さん)
山岳遭難では一般に「外傷・心臓突然死・低体温」が3大死因とされている。詳しく見ていくと、特に外傷と低体温が実際の死亡ケースの大半を占めていることがわかる。
これらはいわば「結果」であり、実際は天候や地形と行った環境的な要因も含め、さまざまなアクシデントが積み重なることで致命的な状況に陥ってしまうのだという。
たとえば下山中に足を捻ってしまったようなケース。動けなくなってしまったところで風雨に襲われ、救助を要請したものの、悪天候ですぐにヘリコプターを飛ばすことができない。
そうしているうちに気温が急激に下がっていき、最終的に低体温症で命を落としてしまう。山岳遭難は単一の原因で引き起こされると言うより、複数の要因が連鎖的・重畳的に関係した結果として引き起こされることが多い。
実際に中村さんのチームに来る捜索依頼では、「道に迷う」ことがきっかけの遭難が多いのだという。はじめは「道に迷う」という小さなアクシデントでも、最終的には崖からの滑落や迷った末の衰弱、低体温などで命を落とすケースもある。
救助と捜索はどのように行われるのか
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